「タルタラン・ド・タラスコンの大冒険」

ドーデ/辻昶・庄司和子

ドットブック 249KB/テキストファイル 106KB

400円

タルタランは南仏の田舎町タラスコンの町の名士。「勇士」としての名声には実行力が伴わなければと遂に決意、アフリカの地アルジェリアにライオン狩りに繰り出す。果たして、その成果は??…フランス的エスプリにあふれた楽しい冒険譚。

アルフォンス・ドーデ(1840〜97)南フランスのニーム生まれ。17歳のときパリに出て文学を志す。終始、故郷南仏の風物と人を愛しつづけた。代表作『風車小屋だより』『月曜物語』など。

立ち読みフロア
 私はタルタラン・ド・タラスコンをはじめて訪ねた日のことを、一生涯忘れられないだろう。もう十二年、いや十五年もまえのことなのだが、昨日のことよりもはっきりと覚えている。大胆不敵なタルタランが当時住んでいたのは、町の入口から三軒目の家で、街道に面した左側に建っていた。タラスコン風のこぎれいな家で、手前には庭、裏にはバルコニーがあり、壁は真っ白で、よろい戸は緑色だった。戸口のところには、サヴォワ〔フランス南東部からイタリア北西部にまたがる地域。この地域の住民は大人も子供もフランスやイタリアなどによく出かせぎに行った〕の子供たちが集まって石けりをして遊んだり、商売道具の靴磨きの箱を枕に、日だまりで昼寝をしたりしていた。
 外から見たところでは、これといって変わったところのない住まいだった。
 これが英雄の家だなんて、だれだって信じられなかっただろう。ところが、一歩中に入ると、これはたまげた!……
 地下室から屋根裏部屋にいたるまで、どこもかしこも英雄的な様子をしているのだ。庭までそうなのだ!……
 ああ!、このタルタランの庭ときたら! ヨーロッパのどこをさがしたって、こんな庭にはお目にかかれっこない。この地方の木など一本もないし、フランスの花など一つとして見当たらない。みんな異国の植物ばかりだ。ゴムの木、ひょうたんの木、綿の木、椰子(やし)の木、マンゴーの木、バナナの木,しゅろの木それにバオバブの木が一本。このほか、うちわサボテン、サボテン、ひらうちわサボテン……なんだか、タラスコンから四万キロメートルも離れた、中央アフリカのど真ん中にでもいるみたいな気分になってくる。勿論(もちろん)、まともな大きさの木は一本も見当たらない。ココ椰子の木といっても砂糖大根とほとんど変わらない大きさだし、(巨人の木と言われる)バオバブの木にしたって木犀草(もくせいそう)の植木鉢の中にゆったりと植わっている。だが、大きさなんてどうでもいい! これでもこの庭は、タラスコンの人たちの目には、なかなかすばらしいものに見えたのだ。みんなは観覧を許される日曜日になると、タルタランのバオバブの木を拝ませてもらいにやってきて、ほめちぎりながら帰ってゆくのだった。
 はじめてタルタランを訪ねたあの日、このとてつもない庭を歩いて、わたしはどんなにびっくりしたことか!……ところで、英雄タルタランの書斎にとおされてみると、これまた、びっくりぎょうてんするような代物だった。
 町の名物の一つになっているこの書斎は庭に面していて、ガラス張りのドアをあけると、そのままバオバブの木のところに出られるようになっている。
 壁の上から下まで、鉄砲だの剣だのが、びっしりと飾りつけてある広間を思いうかべていただきたい。なにしろ、世界中のありとあらゆる武器が集まっているのだ。カービン銃、ライフル銃、らっぱ銃。コルシカのナイフ、カタロニアのナイフ、ナイフのついたピストル、短刀、マライの短剣、カリブ人の矢、火打ち石の矢、手斧(ておの)、棍棒(こんぼう)、メキシコの投げ縄、いやはや、どうにもかぞえきれない!
 そうした武器の上にすさまじい強い日差しが照りつけ、鋼鉄の剣だの銃の床尾だのが、ぎらぎらひかるので、見物人はいっそう鳥肌立ってくる……。ただ、ちょっとばかりほっとしたのは、こうした異国の武器も一つ残らず整理整頓(せいりせいとん)されていることだった。おまけに、どれもこれも手入れがゆきとどき、ぴかぴかに磨かれ、ラベルまで張ってあるので、なんだか薬局にいるような気がしてくる。ところどころ小さな注意書きがさり気なく張ってあったが、見ると、

 毒矢。さわるべからず!

とか、

 実弾装填(じつだんそうてん)ずみ、注意!

なんて書いてある。
 こうした注意書きがなかったら、こんな書斎に入りこむ気になんか、とてもならなかっただろう。
 この書斎の真ん中には、小さなテーブルが一つ。そのテーブルの上には、ラム酒のびんが一本とトルコのタバコ入れが一つ、それにキャプテン・クック〔一七二八〜七九、ポリネシア、ニューカレドニア、ニュージーランドを探検〕の航海記、クーパー〔一七八九〜一八五一、著書に『モヒカン族の最後』〕やギュスターヴ・エマール〔一八一八〜八三、著書に『牧場のピラト』〕の小説、熊狩りとか、鷹狩りとか、象狩りとかいった狩猟記が何冊も置いてあった……。それから、そのテーブルに向かって一人の男がすわっていた。四十歳から四十五歳ぐらいのずんぐりむっくりした、赤ら顔の男だった。上着を脱ぎすて、ネルの股引(ももひき)だけ。濃いひげを短めに伸ばし、目をらんらんと輝かせている。片手に本を持ち、もう一方の手は鉄ぶたのついたどでかいパイプを振りまわしている。そして、得体の知れない恐ろしい頭皮狩りの話を読みきかせながら、下唇を突き出して、ものすごい仏頂面をしている。こうした仏頂面のおかげで、タラスコンの町の小金もちといったこの男の律儀な顔には、この家の中にみなぎっている、あの無害な狂暴性といったようなものがただよっているのである。
 この男こそ、ほかでもない、タルタラン・ド・タラスコン、大胆不敵な大人物、天下に並ぶもののないタルタラン・ド・タラスコンだったのである。

……「
第一話 タラスコンの町 一 バオバブの庭」より

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