「白夜」

ドストエフスキー/北垣信行訳

ドットブック版 269KB/テキストファイル 60KB

300円

首都ペテルブルクに出てきて以来、友人が一人もできず、夢想的で孤独な生活を送る青年が、神秘的な白夜のある晩、橋のたもとで一人の少女とめぐりあう。青年は少女に淡い恋心を抱き、逢瀬のたびに気持ちは高まる。だが、その想いは蜃気楼のようにはかなく散ってしまう。ヴィスコンティによって映画にもなったドストエフスキーの初期短編名作。

フョードル・ドストエフスキー(1821〜81)モスクワのマリインスカヤ貧民病院の官舎で生まれる。17歳で陸軍工科学校に入学し、ホフマン、バルザック、ユゴー、ゲーテを耽読。24歳のとき発表した『貧しき人びと』で一躍人気作家となった。しかし、1849年、出版の自由、農奴解放、裁判制度の改革について発言し、5年のあいだ投獄される。以後、海外生活を送りながら『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』などの傑作を世に送り出した。81年、肺動脈出血により60歳の生涯を閉じた。

立ち読みフロア
第一夜

 読者諸君、それはすばらしい夜だった、われわれの若い頃にしかないような夜だった。空は一面星屑(ほしくず)に覆われて、その明るいことといったら、それを振り仰いだとたんに、思わずこう自分に問うてみないではいられないくらいなのだ、いったいこんな空の下にいろんな怒りっぽい人間や気まぐれな人間など住んでいられるものだろうかと。読者諸君、これもやはり青臭い、ひどく青臭い疑問であるにはちがいない、だが神にこういう疑問を諸君の胸にもっとたびたび喚起してもらいたいものである……いろんな怒りっぽい気まぐれな人たちのことを口にすれば、自然この日一日の自分のご立派な行いも思い起こさないわけにはいかない。
 朝っぱらから僕はなにか異常な憂愁に悩みだしていた。ふと急に、みんながこのひとりぼっちの僕をおき去りにして、僕から離れてゆきそうな気がしはじめたのである。この場合、むろん、だれでもそのみんなとはだれのことなのだ? とたずねてさしつかえないわけである。なにしろ、僕などは、もう八年この方ペテルブルクに暮らしていながら、ほとんどひとりの知人をこしらえる能もなかったくらいなのだから。しかし、知人など僕にとってなんの必要があるのだ? それでなくとも僕にはペテルブルクじゅうの人が知りあいじゃないか。だからこそ、ペテルブルクじゅうの人が腰をあげて、急に別荘へ行ってしまったとき、自分がみんなからおきざりを食ったような気がしたのだ。僕はひとりぼっちで取り残されるのがおそろしくなって、丸三日間深い憂愁につつまれて、自分はいまどうなっているかもわからぬような体たらくで、町じゅうさまよい歩いたものである。
 ネーフスキイ大通りへ行っても、公園へ行っても、河岸(かし)通りをぶらついても――一年じゅう一定の場所で一定の時間に出遇いなれた人に、ひとりとして行き遇わないのだ。むこうは、もちろん、僕のことは知らないが、こちらはむこうを知っているのだ。僕は彼らを親しく知っていて、その顔立ちまでほとんど究めつくしているくらいなのだ――だから彼らがほがらかなときは彼らに見惚れるし、彼らが暗い顔をしているときは、こっちも滅入ってしまうというわけだ。僕は、毎日一定の時間にフォンタンカで出会うある老人と親交も結びかねぬくらいの気持ちになった。顔つきはひどく様子ぶっていて考え深そうだが、のべつ口のなかでぶつぶつ言いながら左手を振って歩き、右手には金のにぎりのついている長い、節くれだったステッキを持っている。むこうもこっちに目をとめて、心から関心を持っている様子なのだ。たまたま僕が例のきまった時間にフォンタンカのおなじ場所に行かなかったら、あの老人はきっとふさぎこんでしまうにちがいない。そんなわけで、とくにふたりとも機嫌がいいようなときなど、どうかするとおたがいにいまにもお辞儀もしかねない気持ちになることがある。この間も、丸二日も出遇わずにいて三日目に行き遇ったときなど、双方ともいまにも帽子に手をかけそうになったが、さいわい折よくはっと気がついて、手をおろし、気持ちをかよわせながら互いにそばを通りぬけたものである。
 家だって僕とは馴染みの間柄だ。僕が歩いてゆくと、一軒々々まるで通りの僕の前へ駆けだしてきて、窓一杯に見開いて僕を眺めながら、いまにも、「今日は、ご機嫌いかがです? わたしも、ありがたいことに元気です、五月にはもう一階増築してもらえることになっているんですよ」とか、「ご機嫌いかがです? わたしは明日修理してもらうことになっているんです」とか、「わたしはあやうく火事で焼けるところでしたよ、まったくびっくりしましたよ」などと言いだしそうなあんばいなのだ。その中には僕のひいきもいれば、仲のいい友だちもいる。そのうちの一軒はこの夏建築家の治療を受けることになっている。なにかひょっとして治療のしそこないでもされたら大変だから、わざわざ毎日寄ってみるつもりだ……それにしても、あるなかなか見た目のいい薄ばら色の小さな家に起こった出来事などは絶対に忘れられない、それはとてもかわいらしい石造の家で、僕を眺めるその様子がとても愛想がいいし、不恰好な近所の家を見まわしているその目つきがいかにも誇らしげなため、そのそばを通り過ぎるたびに、僕の心臓は喜びに躍るほどだった。が、ふと先週その街にさしかかって、その友だちに目をやると――「わたしは黄色に塗られているんですよう!」という悲鳴が聞こえるではないか。悪党め! 野蛮人どもめ! やつらは、円柱だろうと、蛇腹だろうと、なにひとつ容赦しない、おかげで、僕の友だちはカナリヤみたいに真っ黄色になってしまった。僕はこの出来事に危うく癇癪玉を破裂させるところだった、そしていまだに支那帝国の色に塗りたくられて〔清国の国旗は黄色地に龍が描かれていた〕醜くなったあわれな友だちと顔を合わす気力もなくなってしまっている。
 といったようなわけで、読者諸君、諸君にも僕がペテルブルク全市とどんなふうに馴染んでいるか、おわかりと思う。

……「冒頭より」


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