「タイム・マシン」

H・G・ウェルズ/新庄哲夫訳

ドットブック版 125KB/テキストファイル 91KB/原書テキスト版 79KB(300円)

300円

ヴェルヌとならぶSFの開拓者H・G・ウェルズが「タイムトラベル」をテーマに書き上げた代表作。タイム・マシンはその製作者を一気に八十万年後の人類社会に到達させる。そこで見たものは…「明」であったか「暗」であったのか。

他のH・G・ウェルズ作品

「透明人間」

「宇宙戦争」

「解放された世界」

「ダヴィソソンの眼の異常な体験」

「怪鳥イーピヨルニスの島」

H・G・ウェルズ(1866〜1946)フランスのジュール・ヴェルヌとならぶSFの始祖。イギリスの貧しい商家に生まれ、苦学した。ケンジントン科学師範学校で、T・H・ハックスリーから進化論の新しい仮説を学び、のちのSF小説執筆の素養をあたえられた。ジャーナリストとして出発したが、1895年に発表した『タイム・マシン』で認められ、以後『透明人間』『宇宙戦争』『解放された世界』『神々のような人びと』などの科学小説を書いた。独自の世界観をもち、評論と政治の世界でも活躍した。

立ち読みフロア

 時間旅行家(タイム・トラヴェラー)は(彼を便宜的にそう呼ぶことにするが)、私たちを前にしてある深遠な問題を説いていた。灰色の眼はきらきらと輝き、ふだんは青白い顔も赤みがさして生気にみちていた。暖炉の火はあかあかと燃え、百合(ゆり)の花の形をした銀の燭台にともる白熱したやわらかい光芒(こうぼう)が、私たちの手にしたグラスの中できらめきながら見え隠れする泡(あわ)をとらえていた。彼の考案した椅子はただ座ってもらう用だけというよりも、私たちをむしろ抱擁し、愛撫してくれるような感じをいだかせた。そこには、折り目正しさという枠(わく)をとり払われて心が品よく、のびやかに駆けめぐるあの食後の贅沢(ぜいたく)な雰囲気があった。そして彼は次のような問題を持ちだした――しなやかな人差し指を立てては要点を強調したのであるが――私たちは座ったまま、この新しい逆説(パラドックス)(私たちはそう考えていた)にいだく彼の情熱と想像力の豊かさに感嘆をひさしゅうしていた。
「諸君、心して聞いてもらいたい。世間でほとんど疑問の余地なく受け入れられている二、三の観念を僕は否認するつもりなのだよ、たとえば幾何学だけれど、僕たちが学校で学んだ幾何学は間違った概念の上に組み立てられているんだね」
「議論の手始めとしては、ちょっと問題が大きすぎるんじゃないか」赤毛で議論好きなフィルビーが言った。
「僕は何も、まともな根拠なしに受け入れてもらおうというつもりはない。諸君に受け入れてもらいたいその分だけでも、諸君はほどなく認めるようになるだろう。諸君もむろん先刻ご承知だが、数学的な線というやつはまったく厚みを持たない、したがって実体なるものは存在しない。そう教えられたのじゃないかね。数学的な平面にしたって厚みなんかはない。おしなべてただの抽象概念にすぎないのだ」
「それは、そのとおりだ」と心理学者が言った。
「同時に縦、横、高さだけでは、立方体も実在できない」
「その点は違うね」フィルビーが言った。「もちろん、固体は存在できるさ。あらゆる実体あるものは――」 
「そのように、たいがいの人たちは考える。が、ちょっと待ってくれたまえ。瞬間的な(ヽヽヽヽ)立方体というものは存在し得るのかね?」
「君の話はどうもぴんとこないんだが」と、フィルビー。
「時間的な持続性を持たない立方体というものは、はたして実体があるといえるかということだ」
 フィルビーは考えこんでしまった。「明らかに」と、時間旅行家はつづけた。「物体はすべて四つの次元にわたってこそ存在する。縦、横、高さ、それに――時間の持続性がなくてはならない。ところが、人間の肉体という本質的な弱さからすると、あとでこの弱さについて説明するがね、僕たちはこの事実をとかく見逃しがちなのだ。実際に四つの次元が存在するのであって、そのうち三つは空間の三面と呼ばれ、四つ目は時間だ。ところが僕たちは、最初の三つの次元とあとの第四次元との間に、とかく非現実的な一線を引いて区別したがる。それというのも、たまたま僕たちの意識というものが、生から死へという時間の流れに沿って一定の方向に断続的に動いているからなのだ」
「それは」えらく若い男が、消えた葉巻にもう一度ランプの火をつけようと苦労しながら言った。「それは……実に明快ですね、たしかに」
「そこで、この点がかくも見過ごされてきたというのは驚くべきことなのだ」時間旅行家は少しばかり調子に乗って話の先をつづけた。「実のところ、四次元の意味するものとはそういうことなのだ。第四次元を論ずる一部の連中には、その意味すら知らない者もいるだろうがね。これは時間を別の角度からみただけの話なのだよ。《時間と空間の三次元とのあいだには、われわれの意識が時間の流れに沿って動くということ以外に何ひとつ相違はない》、それなのに一部のばかな連中は、この概念のあやまった解釈にとらわれているんだね。諸君は聞いてるだろう、この第四次元について彼らがどう論じているかを」
「わしは聞いたことがないな」地もとの町長が言った。
「簡単な話ですよ、こんな具合にね。空間というのは数学者がいうように縦、横、高さといった三つの次元をもち、たがいに直角に交わる三つの平面によっていつも規定される。しかし、物事を思弁的に考える人たちのなかには、なぜとくに三つ(ヽヽ)の次元に限定するのか――なぜ他の三つの平面と直角に交わる第四の次元があってはいけないのかと疑問を呈してきた。そして四次元の幾何学理論を打ち立てようと苦心する者さえいる。サイモン・ニューカム教授あたりはほんの一カ月前、ニューヨークの数学会でその説を述べたばかりだ。ご承知のとおり、われわれは二つの次元しか持たない平面に三次元の立方体を表現することができる。同様にして、三次元のモデルに習って四次元のものを表現できないものかと彼らは考えている――その透視法を会得さえできればということだがね。わかりますか」

……冒頭より


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