「スペードの女王・大尉の娘」

プーシキン/高橋包子訳

ドットブック版 150KB/テキストファイル 157KB

400円

カルタにはいっさい手を出さなかった青年将校ゲルマンは、フェードトヴナ老伯爵夫人が必勝法を知っていると聞くと、老夫人の書斎へ忍び込み、ピストルまで突きつけて秘伝を教えろと強要する。老夫人はショックのあまり死んでしまう。ある夜、夫人はゲルマンの夢枕にあらわれて、「三」「七」「一」の順で張れと教える。ゲルマンは「三」で勝ち、「七」で勝ち、最後に「一」を張る。だが、出たのは…「スペードの女王」。「大尉の娘」はプガチョーフ反乱をバックに辺境の砦の大尉の娘マリアをめぐって展開される歴史小説と家庭小説をミックスさせた物語。この2作はプーシキン円熟期の代表作だ。

プーシキン(1799〜1837) 「ロシア近代文学の父」として知られる詩人・作家。没落貴族の息子。8歳でフランス語の劇作を試みるほど早熟な天才。12歳から18歳まで学生生活をおくり、当時の自由主義思想に共鳴して詩作に熱中。外務院に就職したが政治的な詩を書いたために首都を追放される。南ロシアを放浪、その後も田舎暮らしを強いられる不遇のなかで叙事詩「ルスランとリュドミラ」「ジプシー」、史劇「ボリス・ゴドノゥフ」などの傑作を書いた。のち許されて首都に戻ると、「ベールキン物語」、自伝的な物語詩「エフゲニー・オネーギン」などを著し、結婚もして創作の円熟期を迎えたが、美貌の妻をめぐっての争いからフランス人近衛士官と決闘になり、38歳の生涯を終えた。

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 で、天気の悪い日には
 彼らはいつも
 集まった。
 賭金《かけきん》を倍にして――神さまが彼らをお許しになるように――
 五十から百に、
 そして勝ち負けを
 チョークで書きこんだり。
 天気の悪い日には、こんなふうにして彼らは「仕事」に
 はげんでいた。

 あるとき、例によって近衛兵《このえへい》のナルーモフのところで、カードが行なわれた。長い冬の夜は、知らないうちにすぎていった。夜食は明け方の四時にだされた。儲《もう》けた連中は、猛烈な食欲で食べた。やられた連中は、ぼんやりしていてなにも皿にとろうとしないで腰をおろしていた。しかし、シャンパンがでると、ようやく会話が活気づいてきて、みんな話に加わった。
「君はどうだった、スーリン」と主人がきいた。
「やられたよ。毎度のことだがね。どうもつきに見放されてるんだなあ、ミランドリ〔最初の賭高をふやさぬ方法〕でだって頭に血のぼったことはないし、ペースを乱されることもなかったのに、いつも負けてばかりさ」
「じゃあ、熱くなったことは一度もなかったって言うのかい。ルテ賭け〔数枚のカードをつづけざまに切ってやる勝負〕もしなかったって言うんだね。君のお固いのには恐れいったよ」
「それにしても、どうだいゲルマンは」客のひとりが若い技術将校をさして言った。
「生まれてこのかた、カードにさわったこともなけりゃ、一度だってカードの端を折った〔倍賭け勝負のこと〕こともないんだ。だのに朝の五時までもわれわれにつきあって、勝負を見てるんだからな」
「賭事《かけごと》にすごくひかれてるんだ」とゲルマンは言った。「だけど、賭事に元手《もとで》がだせるような余裕がないんだよ」
「要するに、ゲルマンはドイツ人さ、計算高い、ただそれだけのことさ」とトムスキーが口をはさんだ。「ところで、気がしれないといえば、ぼくのお祖母《ばあ》さんのアンナ・フェードトヴナ伯爵夫人のことなんだがね」
「ええ、なんだって」と客たちがいっせいに口をひらいた。
「どうしても腑《ふ》におちないんだ」とトムスキーがつづけた。「賭事にはいっさい手をださなくなったんだよ」
「何をそんなに驚いてるんだい」とナルーモフが言った。「八十のばあさんが賭けに手を出さないからって」
「じゃ、君はお祖母さんのことを何も知らないんだな」
「知らないね、まるっきり」
「だろうな、じゃあ話そう。ぼくのお祖母さんが六十年前、パリにでかけて、あそこで大もてだったことは知ってるね。モスクワのヴィーナスをひと目見ようと、みんな彼女のもとに殺到したというんだから。お祖母さんが言うには、リシュリュー公でさえ、彼女のあとを追っかけまわし、彼女のつれない仕打ちに、ピストル自殺もしかねないほどだったそうだ。
 当時のご婦人たちは、カードといってもファラオン〔カード遊びの一種〕専門だったらしいが、ある時、宮中で、彼女はオルレアン公に口張《くちば》り〔現金を場に出さず口先だけでかけること〕で大負けをしてしまった。家に帰ると、お祖母さんはつけ黒子《ぼくろ》をとり、スカートを広げるための『たが骨』をはずしながら、お祖父《じい》さんにカードで負けたことを臆面もなく打ち明けて、その支払いを命じたというのだ。亡くなったお祖父さんは、私のおぼえているかぎりでは、まるでお祖母さんの執事といったところだった。日ごろ、お祖父さんは彼女を火のようにおそれていたが、この身の毛もよだつような負けのことをきくと、さすがに腹を立ててしまった.会計簿を持ち出して、この半年間に五十万ルーブリがところを使いはたしたこと、このパリの近くには、モスクワ近郊やサラトフにあるような持ち村はないことを言いはって、きっぱりと支払いを拒絶してしまったのさ。お祖母さんは彼の横っ面を張りとばすと、その晩はふきげんの証《あかし》として別の部屋で寝てしまった。
 つぎの日、お祖母さんは昨夜のお仕置きがさぞや効《き》いただろうと、夫を呼んでみたところ、案に相違して彼はびくともしていなかった。生まれてはじめて、彼女は夫と議論をし、弁明したのだ。負債にもいろいろあること、王子と馬車製造人とのあいだには、大きな違いがあることを、彼女はおだやかに説明しながら、夫を納得させようと試みた。ところが、どうしてどうして、お祖父さんは癇癪《かんしゃく》を起こしてしまった。だめだ、の一点ばり、お祖母さんは手のほどこしようもなかった。
 ところがここに、彼女と親しくつきあっていた大いに注目すべき人物がいた。サン・ジェルマン伯爵〔十八世紀末のフランスの錬金術師〕については、きいたことがあるだろう。あんなにいろいろとふしぎなことが言われているけど、たとえば、自分のことをさまよえるユダヤ人、不老長寿水や仙丹等の発明者だなどと吹いていたことは、ご存じのとおりさ。彼のことはみんないかさま師だと笑っていたけど、カサノヴァはその『回想録』のなかで、彼をスパイ呼ばわりしている。とはいえ、サン・ジェルマンは、どこか影のあるような素行にもかかわらず、外見は非常に立派で、社交界ではきわめて愛すべき男だったということだ。お祖母さんは、サン・ジェルマンを、今も変わらず敬愛しているから、彼のことを悪く言うとひどくおこるんだ。お祖母さんはサン・ジェルマンが大金を自由にできる身だということを知っていた。そこで彼女は彼にすがろうと決心して、彼に手紙をとどけて、即刻おこしくださるようにとたのんだわけだ。
 すぐにやってきた老いたる奇人は、目もあてられないほどの彼女の悲嘆ぶりに出合った。彼女はたいへんな悪口雑言で夫の横暴を彼にならべたてたあげくに、今や望みの綱はあなたの友情と厚意しかないと語った。
 サン・ジェルマンはひと思案の後、こう言ったという。『この全額をあなたにご用立てすることはできます。しかし、あなたが私にお返しくださるまでは、あなたも気が安まらないだろうと思いますし、私もあなたを新たな心配事に引き込みたくはない、こうしましょう。あなたに負けをとりかえさせて差し上げましょう。いかがですか』『でも伯爵さま』とお祖母さんは答えた。『申し上げましたとおり、もう私どもは一文なしなのです』『元手など必要はありません』とサン・ジェルマンがさえぎった。『私の言うとおりになさい』そこで、サン・ジェルマンは彼女に秘策を授けたんだ。それを教えてもらえるなら、われわれみんながどんな犠牲でも払おうというような……」
 若い賭博者たちは、いろめきたった。トムスキーはパィプをつけてゆっくり一服すると、話をつづけた。
「ちょどその晩、お祖母さんはヴェルサイユの王妃主催のカードの会に姿を現わした。オルレアン公爵が胴元になった。お祖母さんは言訳にちょっとしたつくり事を言いながら、自分の借金を持参しなかったことをさりげなくわびると、彼のむこうをはって賭けはじめた。彼女は三枚のカードを選び、それを順々に賭けていった。三枚ともみんなソニカで勝った〔最初のカードであがる勝ち方〕ので、お祖母さんは完全に負けを取りもどしていた」
「まぐれだ」と客のひとりが言った。
「つくり話だよ」とゲルマンが言った。
「いかさまにちがいないよ」と三番目が引き取って言った。

……「スペードの女王」冒頭より

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