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「人形佐七捕物帳20」 横溝正史作 ドットブック版 145KB/テキストファイル 102KB 420円 |
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「へえ、へえ、そのいもりのことですがね。それをお話し申すについちゃア、どうしても、いまいった笹井(ささい)さまご夫婦のことからお話ししなければわからないんで。さようでございますか。それじゃお腰をもみながら、ゆるゆるお話しさせていただきましょうか。笹井さま、名前を小八郎といって、としは二十と七、八、それゃアもう、水のたれるようなよい男っ振りだってことでございますよ。いえ、てまえどもはかけちがって、ごあいさつをしたことはございませんが、ご近所の評判で。笹井さま、小八郎さまと、それアもう、娘っ子たちが大騒ぎなんで。ところで、その笹井さまのご新造の浪江(なみえ)さま、としは三十と一、二、へえ、そうなんですよ。ご新造さんのほうがとしうえなんで。ところがねえ、親分、そのご新造さんというのが、これまた、ふるいつきたいほどのよいご器量でしてねえ。え? なんでございますって? 目がみえねえのに、どうしてそんなことがわかるって? へへへ、それゃア親分、目が見えなくったって、そこはそれ。ながねん鍛えこんだカンてものがございまさアね。それにね、そのご新造てえのが、おっそろしく凝り性のかたでございましてね。てまえども、よくごひいきにあずかるんでございますが、こうしておからだにつかまっておりますとな、カンてものは恐ろしいもんで、目は見えなくても、たいてい、ご器量がわかるもんでございます。親分なども、こうしてもませていただいておりますと、べつにひとのうわさをきかなくったって、人形と異名のあるくらいいい男っぷりだってことが、ちゃんとわかりますんでございますよ。いえ、あねさん、これはけっしてお世辞ではございませんので」 口からさきにうまれたような、あんまのおしゃべりをきくともなしにききながら、佐七はうつらうつらとよい気持ちである。 そばでは女房のお粂が、くすくすわらいながら針仕事、むこうのほうでは辰と豆六が、ヘボ将棋をさしながら、おりおりこっちに半畳をいれる。 いや、まことにのどかなお玉が池の風景だが、こうなるまえには、しかし、れいによってれいのごとく、たわいのないひと悶着(もんちゃく)があったものである。 九月の声をきいて、きゅうに涼風が立ちはじめたせいか、佐七はこの二、三日、肩や腰がこってたまらない。そこであんまをよぼうというと、 「およしなさいよ、親分、いい若いもんがあんまをとるなんて、だらしがねえじゃアありませんか。世間へきこえたらふうがわりイや。なあ、豆六」 と、辰がまず口をとがらすと、豆六がまた、すぐそのしり馬にのるやつで、 「さよさよ、こら、兄いのいうとおりや。親分、これというのも、あんたの心掛けがようないさかいや」 「なんだ、なんだ、なんでおいらの心掛けがわるい」 「親分、まあつもってもみなはれ。その若さで、肩や腰がこるというのも、つまりはあんまり、あねさんをかわいがりすぎるせえやおまへんか。なあ、兄い」 「そうだ、そうだ、これゃ豆六のいうとおりだ。親分、おまえさんもちとたしなみなせえ。いかにあねさんがかわいいからって、ひまさえありゃア、くっついたり吸いついたり、これじゃ二階のひとりもんはたまったもんじゃありませんや。こっちのほうがよっぽどあんまがとりたくならあ。なあ、豆六」 と、辰と豆六が調子にのってはやし立てれば、お粂もだまってはいない。 「おや、辰つぁん、豆さん、変なことをおいいだね。なるほど、親分がほうぼうこるのは、あれがもとかもしれないが、あいてはこのあたしじゃないのさ。おおかた、どっかにまた、いいのでもできたんでしょうよ」 「おや、お粂、変なことをいうな」 「あねさん、そうごけんそんなさらなくても」 「けんそんじゃないよ。あたしのほうはちかごろとんとご用なしでね、あんまり寂しいから、ちかいうちに四つ目屋へいって、いもりの黒焼きでも買ってきて、こっそりのませてみようかと思ってるくらいさ」 とお粂がいえば、佐七が言下に、 「ちっ、このうえいもりの黒焼きなどのまされてたまるもんか」 と、ついうっかりもらしたもんだから、さあたいへん、辰と豆六はケンケンゴーゴー、口角あわをとばして、佐七ならびに女房お粂の、弾劾(だんがい)演説と相成ったが、おりからそこへきこえてきたのがあんまの笛。 そこで、これはあんまをよんで、かれの専門家的意見をきいたらよかろうということになって、ここにはからずも、佐七の希望はみたされたというわけである。 「ねえ、あんまさん、おまえに聞けばわかると思うんだが、親分のこりはあれからきてるんだろ」 「あれって、なんでございましょう」 「おんや、あんまさん、あんたも盲のくせにカンが悪いな。つまり親分があんまりあねさんをかわいがりすぎるさかいやないか、ちゅうてるねんが」 「へへへへ」 「へへへへじゃねえぜ。それだのに、あねさんは、なおこのうえに親分にいもりの黒焼きをのますつもりだというんだから、すこしはこっちの身も察しておくれよ」 と、辰がおおげさにため息つけば、あんまはふっとまゆをひそめて、 「へへへ、いもりの黒焼きでございますか。妙でございますね。いもりの黒焼きといえば、じつはてまえも、さるおかたにたのまれて、きょう四つ目屋で買ってきたんでございますよ」 というようなことから、おしゃべりあんまのおしゃべりがはじまったわけだが、そのまえに、いもりの黒焼きなるしろものについて、いちおう説明しておこう。 いもりの黒焼きというのは、むかしから民間にもちいられた男女和合の薬、ひらたくいえばほれ薬である。 俗説によると、いもりの雌雄を竹筒の節をへだてていれておくと、三夜のうちに節をやぶって交合する。 そこを黒焼きにしたやつを粉末にして、思うあいてにふりかけるなり、さらにいっそう効果をつよめようと思うならば、酒にまぜてのませるならば、いかなる石部(いしべ)金吉的男女でも、たちまちぐにゃぐにゃと相成って、思いをとげることができるという、まことにけっこうこのうえもない代物。 江戸時代には、薬研堀(やげんぼり)の四つ目屋という生薬屋で売っているやつが、いちばん霊験いやちこであるといわれた。 その四つ目屋の黒焼きを、あんまがひとにたのまれて買ったというのだからおだやかでない。 ……「好色いもり酒」冒頭より |
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