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江戸小咄−春夏秋冬

夏の巻 四


冷や水涼み台紙帳


両国橋大川端



冷や水

 水売りの砂糖何だか知れぬなり     〔明五・智〕
 水売りの荷はひやっこい銭で出来    〔柳121〕

 江戸後期には、夏の日に、庶民のための清涼飲料水として親しまれた〈冷や水〉があった。

 夏日、清冷の泉を汲(く)み、白糖と寒晒粉(かんざらしこ=白玉粉)の団とを加え、一碗四文に売る。求めに応じて、八文、十二文にも売るは、糖を多く加う也。売り詞(ことば)「ひやっこい、ひやっこい」と云う。
 京坂にては、この荷に似たるを路傍に居(すえ)て売る。一碗大概六文、粉団を用いず、白糖のみを加え、冷水売りと云わず、砂糖水売りと云う。……『守貞漫稿』

 ――冷水に白砂糖と白玉のだんごを入れて、一碗四文で、「ひやっこい、ひやっこい」と売っていた。

 水売りの一つか二つ錫(すず)茶碗    〔柳3〕

 というように、冷味を感じさせるために、錫や真鍮(しんちゅう)の茶碗をもちいていた。しかし、氷や冷凍装置などのない時代だったから、

 ぬるま湯を辻々で売る暑いこと    〔柳59〕

 というのが実態だった。

 ◆寒国
「これ、こなた〔おまえ〕は、国は、どこじゃ」
「あい、わしは、生まれた所は、北国でござる」
「はてな、いこう〔たいへんに〕寒い所ではないか」
「さようでござる。江戸などでは、土用のうち、冷や水を売りまするが、わしどもの国では、どこもかしこも雪だらけで、土用のうち、氷がはっている。辻々に、にない桶〔かつぎ歩く桶〕をすえて、水売りが呼びまするにも、『汲みおき、ぬるっこいのをあがれ』」……寛政九年刊『詞葉(ことば)の花』

 これは、江戸市民の実感した〈冷や水〉の裏返し的表現でもあった。



涼み台

 くらき夜に艶なる声や涼み台    随古

 現代のように冷房器具のなかったころは、暑さを忘れるために、磯涼み、川涼みなどにも出かけたが、もっとも手軽なのは、庭や門口に涼み台を出しての夕涼みだった。
 この句のように、涼み台におけるラブ・シーンも展開されることもあったが、「涼み台月に将棋の駒迎い」という句もあるように〈涼み将棋〉の光景も見られた。

 ◆さすが浪人
 寄り合いて将棋をさし居けるに、浪人者ひとり、朱鞘(しゅざや)の大だら〔幅の広い大刀〕をさし、こわらかして〔いかめしく身がまえて〕見ていて、毎度、助言(じょげん)をいうゆえに、
「はて、仰(おお)せられな〔横から口を出しなさるな〕」
 と、いいさまに〔いいながら〕、扇(おうぎ)にて頭を一つたたきければ、かの浪人、ものをもいわず、座を立って帰りぬ。
 それから一座がしらけて(ヽヽヽヽ)、
「さてさて、気の毒なことかな。もっとも、助言をいうは至極悪けれど、侍の頭を叩くとはあんまりなことじゃ。これは、尻の来ぬさきに〔とばっちりが来ぬ前に〕、こっちから謝るがよかろう」
 と、評判とりどりのところへ、かの浪人、兜(かぶと)を着て、ずっと通る。
「南無三(なむさん)、大事じゃ〔しまった、大変だ〕」
 と、さわぎければ、かのさむらい、座をしめて〔坐って〕、
「さあさあ、おさしなされ。なんぼたたかれても、これでは、たしかじゃ〔大丈夫だ〕」……天明三年正月序『夜明烏(よあけがらす)』

 助言者も決死の覚悟だった。





 蚊の声や昼はもたれし壁の隅    闌更
 竹切りて蚊の声遠き夕べかな    白雄

 夏、人間をもっとも悩ます昆虫の蚊の声は、とかく耳について離れないものだが、〈か〉の語源は、鳴き声によるという説がある。しかし、一方ではまた、

 蚊や人を夜は食らえども昼見えず    調和
 血を分けし身とは思わず蚊の憎さ    丈草

 というように、人間に噛みつく意味の〈かむ〉の〈む〉を略したという説もある。
〈かむ〉蚊が、色っぽい場面に登場した。

 忍ぶ夜の蚊はたたかれてそっと死に    〔拾2〕

 秘めたる恋の相手の女性のもとへ忍んでゆくときには、蚊にさされても、音をたててたたくわけにはいかない。しずかにたたくので、蚊のほうも、そっと、しめやかに死んでゆくのだった。

 ◆蚊遣(かやり)
「夏の月蚊をきずにして五百両トいう其角(きかく)の句があるが、ちげえねえ。いい月夜だから涼もうとすれば、蚊が、ぶんぶん食うし、蚊帳(かや)をつればうるさし。しかたがねえ」
「そんなに蚊がいるなら、来ねえようにすればいいのに」
「来ねえようにしてえといったって、こればかりは、しようがあるめえ」
「そう知恵がねえから、いかねえ。こうするだ。日の暮れがたから、どんどんどんと、いぶしをかけると、蚊が苦しがって、みんな二階へ逃げていくわさ。そらそこで、はしごをひきなせえ」……安政三年正月序『落噺笑種蒔(おとしばなしわらいのたねまき)』



紙帳(しちょう)

 松風にゆるぐ紙帳や窓の下     丈草
 京人は明るさしらじ紙の蚊屋    一茶

 和紙を貼り合わせてつくった蚊帳で、ところどころに風窓を切り、薄い紗(しゃ)などをはってあった。
 防寒用にもなったというから、寝冷えしない長所があったというが、蚊を避けることはできたにしても、風通しは悪く、蒸し暑いものだったろう。
 紙帳の〈帳〉は、〈とばり〉で、室内に垂らし、区切りや隔(へだ)てにする布をいうが、〈とばり〉は〈戸張り〉、すなわち、戸を閉めるべきところに張るものの意味であろう。

 ◆紙帳
 殊(こと)のほか近くに火事あれば、亭主、紙帳をつり、ことごとく諸道具を、その紙帳のなかへ入れければ〔入れたので〕、女房気の毒がり〔当惑して〕、
「おまえ、その紙帳は、なんのためにつることぞ。この急な火事に」
 と、いえば、
「やかまし。だまっていろ。火事に土蔵と見せるのだ」……安永八年刊『寿々葉羅井』

 火事をだまして焼かせまいというのだが、ふしぎな発想の持ち主だった。


広重「名所江戸百景」より
◆両国橋大川端(りょうごくばしおおかわばた)◆
……手前の河岸にずらりと茶店が並ぶ、夏の両国橋界隈の風景。まだ時間が早いのか、呼び込み人の姿はあるが、腰をすえている客の姿はない。この橋の名の由来は、かつての武蔵国と対岸の下総(しもふさ)国を結んだ橋であったから。この絵では手前がもとの下総国になる。橋のたとも一帯は広小路と呼ばれて広くあけられ、江戸を代表する盛り場になっていた。冷や水売りや西瓜売りなどの辻売りが立ったのも、こうした場所であった。


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◆[江戸小咄―春夏秋冬]夏の巻四
編集・発行 グーテンベルク21  http://www.gutenberg21.co.jp/
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