「ヘンリ・ライクロフトの私記」

ジョージ・ギッシング作・中西信太郎訳

ドットブック 222KB/テキストファイル 186KB

500円

長い生活の苦闘の末に主人公はふとしたきっかけから田舎に引っ込む余裕を与えられる。四季を通して自然の風物、友情と人生、社会観などを静かに語る語り口には、自足し成熟した大人が感じられる。中西氏の名訳でおくる英国随筆の代表作。

ジョージ・ギッシング(1857〜1903)英国の作家。大学に学ぶがドロップアウト。アメリカに渡るが暮らしを立てられず帰英。作家としても苦闘し、売れない作家の私生活を描いた「三文文士」で地歩を築く。短編集「蜘蛛の巣の家」、紀行文「イオニア海のほとり」などがよく知られる。

立ち読みフロア
 一週間あまりの間、自分はペンに手を触れないでいた。まる七日の間、自分は何も、手紙一本さえも、書かなかった。一、二度病気にかかった時を除けば、こんなことは自分の生涯に絶えてないことであった。自分の生涯……それは、あくせくと働いて、心もとなくも支えて来たものだ。万人の生活がそうであるべきような、生を楽しむための生活ではなくて、恐怖におびやかされ続けた生活であったのだ。金を儲(もう)けることは、目的のための手段であるべきだ。が、三十余年の間、……自活したのは十六歳の時からであった、……自分は金儲けを目的そのものと考えなければならなかった。
 古いペン軸がさぞ自分を恨んでいるだろう、と思われもするのだ。今までずいぶんと役に立ってくれたではなかったか。いま自分が仕合せになった時に、それを打っちゃって、塵(ちり)まみれにさせておいてもよいだろうか。このペン軸こそ、来る日も来る日も、自分の人差指に当てがわれていたものだ、……それがもう何年になるだろうか。少なくとも二十年になる。トトナム・コート街の店屋で買ったことを、まだ覚えている。そう言えば思い出したが、あのとき文鎮(ぶんちん)を買って、まる一シリングとられた、……身ぶるいするような贅沢(ぜいたく)であった。ペン軸は新しいニスのつやで光っていたが、今でははげて、全体が茶色の棒きれになっている。自分の人差指には、それで筆だこができている。
 古い仲間で、そしてまた古い敵だ! 自分は厭(いや)でも仕方なしに、そして頭も心も重く、手は震え眼はくらむのに、幾度それを取り上げたことだろうか。インクで黒くよごさねばならぬ白紙が、何と恐ろしいものに見えたことだろうか。とりわけ、今日のように、春の青い眼がバラ色の雲の間から笑いかけているような日には、……そして、陽光が机の上に揺れ動いて、花の咲いた大地の香や、山べりの落葉松(からまつ)の緑や、丘の上の雲雀(ひばり)のさえずりが、もの狂おしいほどにも恋い慕われるような日には、なおさらのことであった。
 かつては、……それは子供の頃よりもまだ遠い昔のような気がするが……自分は張りきった気持でペンを取りあげたものだ。手が震えたとしても、それは希望を持ってであった。けれども、それは自分を愚弄(ぐろう)した希望であったのだ。なぜなら、自分の書いたものは、一ページでも、後まで残るほどのものがなかったのであるから。自分はいま、平らかな気持でそれを言うことができる。そんな希望を持ったことが、若気のあやまちであった。そして境遇の力が、そのあやまちを長引かせたに過ぎないのだ。世間が自分の真価を認めてくれなかった、というわけのものではないのだ。自分は、ありがたいことに、そんな理由で世間を罵(ののし)らないだけに、賢くなっている。誰かがものを書く場合、たとい不朽(ふきゅう)の作品を書いたとしても、世間がそれを認めないからといって、恨みを抱く理由があるだろうか。誰が、彼に発表を求めたか。誰が、彼に傾聴(けいちょう)を約束したか。誰が、彼に違約したか。

……《春》より


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