「貧しき人びと」

ドストエフスキー作・北垣信行訳

ドットブック版 211KB/テキストファイル 171KB

500円

大都会ペテルブルクに暮らす中年の書記ジェーヴシキンと田舎出の薄幸の少女ワルワーラとの不幸な恋を、笑いと涙、喜劇的要素と悲劇的要素を交えて活写したドストエフスキー24歳のときの作品。ロシア文壇への鮮烈なデビュー作。

フョードル・ドストエフスキー(1821〜81)モスクワのマリインスカヤ貧民病院の官舎で生まれる。17歳で陸軍工科学校に入学し、ホフマン、バルザック、ユゴー、ゲーテを耽読。24歳のとき発表した『貧しき人びと』で一躍人気作家となった。しかし、1849年、出版の自由、農奴解放、裁判制度の改革について発言し、5年のあいだ投獄される。以後、海外生活を送りながら『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』などの傑作を世に送り出した。81年、肺動脈出血により60歳の生涯を閉じた。

立ち読みフロア
四月八日
  私のかけがえのないワルワーラ・アレクセーエヴナ様! 
  私、きのうは幸福でした、とても幸福でした、これ以上は望めないくらい幸福でした! 意地っ張りやさんのあなたが、たとえ一生に一度にもせよ、私のいうことを聞いてくださったわけですからね。ゆうべ八時ごろ目をさまして(ワーリニカさん、あなたもご存じのように、私は勤めから帰ったあと一、二時間昼寝をするのが好きなのです)、ろうそくを出し、紙を用意して、鵞(が)ペンを削っていました。が、ふと目をあげたとたんに……私は胸がそれこそ激しく躍(おど)りましたよ! ああ、やっぱりあなたは私が望んでいたことを、心に願っていたことを察してくださったんですね! 見れば、あなたの窓のカーテンの端が、私があのときあなたにそれとなく匂わしておいたとおり、ちゃんと折り曲げて、鳳仙花(ほうせんか)の鉢にひっかけてあるじゃありませんか。それと同時に私には、窓際にあなたのかわいいお顔がちらりと見えたような気がし、あなたもお部屋から私のほうを見ていらっしゃるのだ、あなたもやはり私のことを考えてくださっているのだとさえ思いました。
  ですから、ワーリニカさん、私はそのとき、あなたの愛くるしいお顔をはっきりと見きわめられないのが、いまいましくてなりませんでした! ワーリニカさん、そりゃこの私どもにしたって、はっきりと物が見えた時代もあったんですよ。まったく年はとりたくないもんですねえ、ワーリニカさん! この頃は、しょっちゅうなんとなく目先がちらちらしましてねえ、前の晩にちょっとでも仕事や書きものでもしようものなら、もうそのあくる朝は、目は赤く充血するし、涙は流れるし、まったく人前に出るのが恥ずかしいくらいなんですよ。それでも私の心眼には、あなたの微笑が急に輝き出して見えたんですよ、ワーリニカさん、あなたの善良そうな、愛想のいい微笑が。そして私は胸に、ほら、おぼえておいででしょう、ワーリニカさん、私あなたに接吻をしたでしょう、あのときの感じと寸分ちがわない感じをおぼえたんです。ご存じですか、ワーリニカさん、それどころか私には、あなたがそちらで私を指で威(おど)すようなまねをなすったのが見えたくらいなんです。そうなんでしょう、お悪戯(いた)さん? ぜひあなたはお手紙にそのことをすっかりできるだけこまごまと書いてよこしてくださいよ。

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