「無名氏の話」

(「三年」併載)

チェーホフ/中村白葉訳

ドットブック版 239KB/テキストファイル 188KB

400円

「退屈な話」「決闘」「六号室」をすでに書き、樺太旅行を終えてメリホヴォ村に落ち着いてからの、油の乗り切った時期のチェーホフの代表中編2作。「無名氏の話」の主人公は革命家であり、「三年」の主人公は金に困らぬ知識人だが、どちらも日常のどうにもならぬ運命の食い違いに翻弄される。
立ち読みフロア
 私は、今はくわしく語っていられないある理由があって、オルロフというぺテルブルグの一官吏の家に、下僕として住み込まなければなりませんでした。彼は年が三十五六で、ゲオルギィ・イワーヌイチと呼ばれていました。
 私がこのオルロフ家へ住み込んだのは、自分の事業の重大な敵だと考えていた有名な政治家である彼の父が目的でした。私は息子の家に寝起きしていたら、小耳にはさむ会話や、卓の上に見かける書類や手紙などによって、父親の政策や意図を、くわしく探求できるだろうと考えていたからです。
 普通朝の十一時に、私のいる下僕部屋で、主人の眼ざめたことを知らせる電鈴がちりちり鳴りました。私が刷毛《ブラシ》をかけた服と、磨いた長靴をもって寝室へ入っていくと、ゲオルギイ・イワーヌイチは寝不足というよりはむしろ眠り疲れたという顔つきで寝床の上に座ったまま、眼のさめたことによるなんの満足をも示さないで、じっと一点を見つめていました。私が着がえをさせてやっても、彼は黙りこくって、私の存在などてんで気もつかないようすで、しぶしぶ私のするままになっていました。
 やがて、洗って濡れた頭に新鮮な香水の匂いをぷんぷんさせて、彼は珈琲を飲みに食堂へ行きました。彼が食卓について、珈琲を飲んだり新聞をひるがえしたりしている間、私と小間使いのポーリャとは、うやうやしく戸口に立って、彼の方を見ているのでした。ひとりの男が珈琲を飲んだりビスケットをかじったりしているのを、ふたりの立派な大人が、極めて厳粛な注意をもってじっと見守っていなければならなかったのです。この一事は、どう考えても、おかしな、奇怪なことには違いなかったが、しかし私は、自分がオルロフと同じ教養ある貴族でありながら、こうして戸口に立っていなければならぬということには、べつだん屈辱的なものは感じませんでした。
 当時私には肺病がきざしかけていて、それと共に、恐らく肺病以上に重大なあるものがはじまっていました。病気の影響か、それとも当時はまだ無自覚ではあったが、生じはじめていた世界観の変化のためか、私は日一日と、平凡な日常生活を求めるいらだたしい情熱的な渇望に、心を占められて行きました。私には魂の平安や、健康や、よい空気や、満腹が望ましかったのです。私は空想家になりました。そして、空想家のご多分に洩れず、自分に必要なものがなんであるかはよく知りませんでした。修道院へでも行き、何日でもそこの窓際に座って、木立ちや野原を眺めていたいと思ったり、地面の五デシャティーナばかりも買って、地主として暮らしてみようかと空想したり、あるいはまた、ひとつ学問に専念して、ぜひともどこか地方の大学の教授にでもなろうと心に誓ったりしたものです。私は退職海軍大尉なので、海洋や、わが艦隊や、自分がそれに乗って世界一周を遂行した古い海防艦などが、よく夢に現われるのでした。私はあの名状しがたい感情――熱帯の森の中を歩いたりベンガル湾の落日を眺めたりしながら、歓喜のために陶然となると同時に、郷愁に胸をしめつけられたりしたときのあの感情を、もう一度味わってみたくてならないのでした。私は山々や、女や、音楽を夢に見、少年のような好奇心をもって、人の顔に見入ったり、人の声に聞き入ったりするのでした。こうして私は、戸口に立ってオルロフが珈琲を飲むのを見ているときには、自分を下僕としてではなく、世の中のすべてのことに、オルロフにさえ興味を持つ人間として感じるのでした。
 狭い肩、長い腰、落ちくぼんだこめかみ、色のはっきりしない眼、頭髪や口ひげの薄く染められた貧弱な毛髪――こういったオルロフの外貌は、ペテルブルグ的でした。彼の顔は、手入れは届いていたが、擦りへらされたような不愉快な顔でした。とりわけ不愉快だったのは、彼が考えこんでいるときや、眠っているときでした。もっとも、平々凡々な容貌をかれこれ描写してみるにもあたりますまい。それに、ペテルブルグはスペインではないのだから、男の容貌など、ここでは、恋愛事件においてさえ大した意味は持たなくて、ただ風采の立派な下僕や馭者にだけ必要なものなのですから。しかるに、私が今オルロフの顔や髪のことを言い出したのは、ただ、彼の容貌の中には、それを特記するに足る何ものかがあったからに過ぎません。つまり――オルロフがどんなものにしろ新聞や書物を手にするとき、またどんな人にしろ人と会うときには、彼の眼はきまって皮肉な微笑を浮かべ、彼の顔は、悪意はないが軽い嘲笑的な表情をとるのでした。何かを読むとか、あるいは話を聞くとかする前には、彼にはまずもって、野蛮人の楯のように、心のうちに皮肉が用意される。これは古い癖のような習慣的な皮肉でしたが、近頃になってからはもう、なんら意志の関与なしに、恐らくは一種の反射作用として、その面上に現われるのでした。しかし、まあこのことはあとにしましょう。
 十二時過ぎると、彼は皮肉な顔付きをして、書類のぎっしり詰まった折鞄を取り上げ、勤めに出かけます。そして食事は外でして、八時過ぎに帰ってきます。私が書斎にランプとロウソクをつけると、彼は肘掛椅子に腰掛けて、両足を別の椅子の上へ伸ばし、こうして楽な姿勢をとって読書をはじめる。ほとんど毎日彼は、新しい本を自分で持って帰ったり、書店から取り寄せたりしましたので、私の下僕部屋の一隅には、私の寝台の下に、ロシア語以外の三ヶ国語の、もう読まれたり、見捨てられたりした書物が山のように積まれていました。この男は素晴しい速力で本を読むのでした。
 まず、何を読んでいるのかをいえ、しからば君の何者たるかを言おう――よくこういうことをいいますね。これはあるいは本当かも知れませんが、彼が読んでいる書物によって、オルロフを判断することだけは、断じて不可能でした。それは一種のカーシャ〔粥のような食物。ごちゃごちゃの意〕でした。哲学もフランス小説も、新しい詩も、「ポスレードニク〔出版社の名〕」の出版物も、――なんでもかんでも彼は同じ速さで、同じ皮肉な表情を眼に浮かべて、読み飛ばすのでした。

……「無名氏の話」冒頭

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