「火星のプリンセス」

E・R・バローズ/小笠原豊樹訳

ドットブック版 163KB/テキストファイル 173KB

420円

「スペース・オペラ」と呼ばれる宇宙冒険物語の発進基地。すべてはここから発進し、つねに変らずここに戻ってくるスターティング・ポイントでありランディング・ポイント。1912年に発表され、一躍人気を博した本書をもとに、第2作「火星の女神イサス」、第3作「火星の大元帥カーター」が相次いで誕生、ついに10作の火星シリーズとなったSF古典中の古典。主人公カーターの胸のすく活躍は魅力だが、作者の強烈な想像力が描き出した火星の弱肉強食の光景は、不思議な迫真性でいま現在のわれわれをも驚かす。

エドガー・ライス・バローズ(米、1875〜1950)シカゴ生まれ。75歳で亡くなるまでに、20冊あまりのターザン物、10冊の「火星シリーズ」をはじめ、金星や月や地底やアメリカ西部を舞台にした数多くの小説を書き、大人気作家となった。その作品の多くは今日でも「一服のよく効く清涼剤」として延々と読みつがれている。

立ち読みフロア

 私はたいへんな年寄りだ。いくつになるのか自分でもわからない。たぶん百歳か、あるいはそれ以上だろう。しかし年齢がわからないのは、私にはほかの人たちのように老《ふ》けるということがなく、また子供のころの記憶がぜんぜんないからだ。思い出せるかぎりのところ、私はいつでも一人前の三十歳ぐらいの男だった。私の外見は現在でも四十年以上の昔と変わりがない。それでも、私とて永遠に生き続けるわけにはいかず、いつかは二度と甦《よみがえ》ることのない真実の死にぶつかるだろうと感じてはいる。わからないのは、なぜ私が死を恐れたりするかということだ。これまでに二度も死に、いまなお生きている私だというのに。だがやはり、私は一度も死んだことのない人びとと同じように死をひどく恐れている。私がいずれは死ぬべき運命にあることをこれほどまでに確信しているのは、きっとこの死にたいする恐怖のためだろう。
 そしてこの確信があればこそ、私は自分の生と死にかんする興味深い物語の一部始終を書きとめておこうと決心したのだ。この不思議な出来事に説明をつけることは私にはできない。私にできることといえば、ただ、平凡な冒険好きな軍人としてペンをとり、私の死体がアリゾナの洞窟《どうくつ》の中に人知れず横たわっていたあの十年間にわが身にふりかかった奇妙な出来事を、順を追って書きとめることだけである。
 私はまだこの話をだれにも語ったことがないし、この原稿は私の死後でなければ世人の目にふれることもないだろう。ふつうの人間は自分に理解できないことは信じようとしないものだ。だから私としては、いつかは科学的に実証されるはずの正真正銘の真実を語っているにすぎないのに、一般大衆や宗教界やジャーナリズムの物笑いの種になって大ぼら吹き扱いをされるのはご免こうむりたいのである。だがおそらく、私が火星において得た教訓や、ここに記録することができる知識は、地球の姉妹星の神秘――諸君にとっては神秘だが、私にとってはもはや神秘ではない神秘――の解明を早めることに役立つだろう。
 私の名はジョン・カーター、というよりはバージニアのジャック・カーター大尉のほうが通りがいい。南北戦争が終わったときには、ほご紙同然の数十万ドルの南部連邦の金と、もはや存在しない南軍騎兵隊の大尉という地位を持っていた。つまり、南部の夢とともに消滅してしまった一国家の下僕だったのである。主人を失い、文無しになり、唯一の生活手段だった戦争も終わったので、私は南西部へ乗り出し、金鉱さがしで衰運の挽回をはかろうと決心した。
 私は同じ南軍士官、リッチモンドのジェームズ・K・パウエル大尉といっしょに一年近く試掘を続けた。われわれはたいそう幸運だった。たびかさなる苦難を切りぬけたすえ、一八六五年の冬の終り近く、これまで夢にも思い描いたことがないほどすばらしい金を含有する石英の鉱脈を見つけたのである。鉱山技師の素養があるパウエルの話では、われわれが三か月ちょっとの間に掘り出した鉱石は百万ドル以上の値打ちがあるということだった。
 われわれの採掘の装備はひどくいい加減なものだったので、どちらか一人が町へ引き返して必要な機械を買い入れ、本格的な採掘がやれるだけの人手を集めてもどってくることになった。
 パウエルは採掘の機械類のことに精通しているばかりか土地の事情にもくわしかったので、この旅行には彼が出かけるほうがいいということに決まり、私のほうは万が一にもどこかの流れ者の金鉱さがしに横取りされたりしないように鉱区の権利を守るということに話がまとまった。
 一八六六年三月三日、パウエルと私は二頭のロバの背に旅の荷物を積んだ。パウエルは別れを告げて馬にまたがると、谷に向かって山腹をくだり始めた。彼の旅程はまずこの谷越えから始まっていたのである。
 アリゾナの朝はいつもそうなのだが、パウエルが出発した朝もくっきりと晴れわたっていた。私の目には、山腹をくだり谷に向かってゆっくりと進んでゆくパウエルと二頭のロバの姿がよく見えた。そして午前中ずっと、ときおり切り立った丘の上に登ったり平らな台地に出てきたりするその姿をちらちら見ることができた。午後三時ごろ、パウエルは谷の向こう側の山陰にはいり、それっきり見えなくなった。
 それから三十分ほどたったころ、なにげなく谷を見わたした私は、さきほど友人と二頭のロバの姿を最後に見たのとだいたい同じ場所に小さな点が三つあることに気づいて愕然とした。もともと私はむだな心配はしないほうだ。ところが、パウエルの身に何も別状がある筈はない、彼が通ったあとに見えたあの点はカモシカか野生の馬なのだと信じこもうとすればするほど不安な思いがつのってくるのだった。
 われわれはこの地方にはいりこんで以来、敬意を抱くインディアンには一度もでくわさなかった。そのために、しごくむとんちゃくになり、このあたりの道筋には凶悪な略奪者がやたらに出没して、その手中に落ちた白人たちを片っぱしから容赦なく殺したり責めさいなんだりするという話を笑いとばすようになっていた。
 たしかにパウエルは武器を十分に用意していたし、その上、インディアン相手の戦闘にかけてはベテランだった。しかし、私もまた北部のスー族横行地帯で数年間戦いながら生活した経験があったので、もしもパウエルが狡猾《こうかつ》なアパッチの一団にあとをつけられたら勝ち目はあまりないということはわかっていた。やがて、それ以上気をもみながらじっとしていることに耐えきれなくなった私は、コルトの連発拳銃二丁とカービン銃を携《たずさ》え、二つの弾薬帯を腰に巻きつけて、馬に乗ると、朝パウエルがたどって行った道をくだり始めた。
 わりあい平坦な地面に出ると、すぐに馬をゆるい駆け足で走らせ、そのまま進めるかぎりはその速度で急ぎ続けた。そして日暮れ近くにパウエルの馬やロバの足跡がまじっている場所を発見した。それは蹄鉄《ていてつ》を打ってない三頭の馬が疾走したとおぼしき足跡だった。
 私は急いで足跡を追ったが、まもなくあたりが暗くなったので、やむなく月がのぼるのを待つことにした。そして月を待つ間に、こうやって追跡するのがはたして賢明なことかどうか、よく考えてみた。ひょっとすると自分はどこかの苦労性の古女房のように、まったく非現実的な危険を勝手な想像で作り上げているのかもしれない。パウエルに追いついたら、彼はこっちの苦労を大笑いすることになるのではあるまいか。しかしながら、私は本来あまり事の理非曲直を気にするほうではない。結果がどうなるにせよあくまで義務感に従って行動することが、私にとっては一生を通じて常に一種の神がかり的な信念になっていた。私が三つの共和国からすばらしい栄誉を授かり、また、大国の年老いた皇帝やいくつかの小国の君主たちのためにいくたびも剣を血に染めて働き、勲章を贈られ親交を結ぶようになったのも、もとはといえば、この信念のせいかもしれない。
 九時ごろ、月の光は先へ進めるだけの明るさになった。私は早めの並足で、ところによっては威勢のよい速歩で馬を走らせながら、苦もなく足跡をたどることができた。ま夜中ごろ、パウエルが野営する予定にしていた小さな池のほとりに着いた。私はだしぬけにその場所に行き当たったのだが、そこにはまったく人影はなく、最近野営をしたような形跡もなかった。
 パウエルを追跡している連中――いまでは追跡者であることを確信していた――の馬の足跡が池のほとりでちょっと停止しているだけで、あとはずっとパウエルと同じ速度で彼のあとを追い続けていることに、私は注目しないわけにはいかなかった。
 追跡者がアパッチであること、パウエルを生けどりにして責めさいなみ、残忍な楽しみを味わおうとしていることはもはや確実だった。私は見込みがないとは思いながらも、パウエルが襲われる前にインディアンの悪党どもに追いつくことに万に一つの望みをかけて、しゃにむに馬を突進させた。
 とつぜん、はるか前方から二発の銃声が聞こえた。もはや、あれこれ思いめぐらす必要はなかった。いまこそパウエルは私の助けを必要としているのだ。私はただちに馬を駆《か》りたて、細いけわしい山道を全速力で駆けのぼった。
 それっきり何の物音も聞かずに一マイルほど進んだとき、急に道がひらけて、山頂に近いちょっとした台地に出た。私は切り立った崖が頭上にせまる狭い谷間をずっと進み続けていきなりこの台地にとびだしたので、眼前の光景に思わず肝をつぶした。
 その小ぢんまりとした平地は一面にインディアンのテント小屋でまっ白に埋まり、およそ五百人ばかりのインディアンの戦士たちが野営地の中央近くにある何かのまわりに群がっていたのである。インディアンたちはその何かにすっかり注意を引きつけられていたので、私の存在には気づかなかった。だから私としては暗い峡谷の奥に引き返して無事に逃げることもわけなくできたはずだ。しかし、逃げるという考えが浮かんだのは翌日になってからのことで、あのときは、逃げれば逃げられると思いつつ、それでもなおかつ勇敢に突進したというようなことではない。だから、こんな話をしても、人から英雄あつかいされる資格はぜんぜんない。
 私は自分には英雄の素質がそなわっていないと思う。なぜなら、私はいくたびとなく自分から進んで死に立ち向かったことがあるが、いつの場合にも何時間もあとにならなければ、そのときの自分の行動にかわる別の手段があることに思い当たったためしはないからだ。どうやら私は、めんどうくさい思考作用などには頼らず、なかば無意識のうちに義務感の命ずるままに活動するような頭の構造にできているらしい。それはともかく、私は自分が臆病になれないのを悔んだことは一度もない。
 この場合、もちろん私は群がるインディアンに囲まれているのはパウエルに相違ないと考えた。しかし、そう考えたのと行動を起こしたのといずれが先だったかは自分にもわからない。とにかく、この光景が目にはいるやいなや間髪を入れずに私は拳銃を抜き、やつぎばやに発砲し、精いっぱいの喚声をあげながら敵の全軍に向かって突撃していた。たった一人で戦う私の戦術としてこれ以上に効果的なものはなかっただろう。不意を打たれたインディアンたちはまるで一連隊もの軍勢が攻めてきたように思いこみ、てんでに弓矢やライフル銃をとろうと四方八方へ散らばった。
 連中があわをくって四散したあとの光景を見ると、私の心は不安と怒りでいっぱいになった。澄みきったアリゾナの月明りの下には、全身にインディアンの矢を受けてハリネズミのようになったパウエルが横たわっていた。彼がすでに死んでいることは認めるほかはなかった。もし生きていたら、私はすばやく彼を死の手から救いだそうとしたことだろう。それでも、アパッチの手で切りきざまれないうちに死体を救いだすためにはやはり敏速な行動が必要であった。
 私はパウエルのそばまで馬を進めると、鞍《くら》の上から手をのばして弾薬帯をつかみ、鞍の前に引き上げた。そして、ちょっと背後をふり返って、いまきた方へもどるよりはこのまま台地を突っ切って進んだほうがまだしも危険が少ないと判断すると、馬に拍車をあて、台地の向こう側に見える山道の入口に向かって突進した。
 このころにはインディアンたちも私がひとりだと気がついて、背後から呪《のろ》いの言葉や矢や銃弾を浴びせかけてきた。しかし、呪いの言葉はともかく、月明りの中でまともに弓矢のねらいがつけられるものではないし、それに私の思いがけない出現ぶりにインディアンたちがうろたえていたことや、こちらがかなりのスピードで動きまわる標的だったことなどのおかげで、私は敵のいろいろな恐ろしい飛び道具の餌食《えじき》になるのをまぬがれ、本格的な追跡が始まらないうちに付近の山陰にたどりつくことができた。
 行先はほとんど馬にまかせて私は進んだ。峠《とうげ》への道筋は馬より私のほうがよく知っているというわけではなかったからだ。だが、そのために、無事に峠を越えて谷にはいれるものと思っていた山道ではなく、山脈の頂上に通じる狭い道にはいりこんでしまった。しかし、私が命拾いをして、その後の十年間かずかずの驚くべき経験と冒険にぶつかることになったのは、こうして道を間違えたおかげといえるだろう。
 道を間違えたことに気がついたのは、追跡してくる野蛮人たちのわめき声がにわかに弱まり、どんどん左手のほうへ遠のき始めたときだった。
 インディアンたちは台地のはずれにあるのこぎりの歯のような形をした岩層の左へ道をとり、私とパウエルの死体を乗せた馬はその右へ道をとったということらしい。
 小さな岬《みさき》状に張り出した台地で馬をとめ、眼下の左手の道を見おろすと、追ってくるインディアンの一隊が隣の山のすそをまわって姿を消すのが見えた。
 連中はまもなく道を間違えたことに気がつくだろう。そして私の馬の足跡を見つけしだい、こちらの方角を捜しはじめるにちがいない。
 それからいくらも進まないうちに、高い絶壁に沿って続く、見たところいかにもすばらしい道が現われた。その道は平坦で、幅もかなり広く、登り坂になって、だいたい私が行きたい方角に向かっていた。絶壁は私の右側に四、五百フィートもの高さにそびえ立ち、左側には同じようにものすごい断崖が岩だらけの谷底に向かってまっさかさまに落ちこんでいた。
 この道をたどって百ヤードほど行くと、道は急に右へ曲がって、大きな洞窟の前に出た。洞窟の口は高さ約四フィート、幅三、四フィートほどもあり、ここで道は行きどまりになっていた。
 もう朝だった。いつもの通り、アリゾナの驚くべき特色として、夜明けの色をほとんど見せずに、にわかに明るくなる朝だった。
 私は馬からおりて、パウエルを地面に横たえた。しかし、どう念を入れて彼の身体を調べてみても生きているきざしは毛筋ほども見あたらなかった。私は死人の唇をこじあけて水筒の水を流しこみ、顔を水で洗い、手をこすってやった。こうして、死んでいると知りながら、たっぷり一時間近くも休みなく努力を続けたのである。
 私はパウエルが大好きだった。彼はあらゆる点から見てまったく男らしい男だったし、洗練された南部の紳士で、信頼のおける真の友人だった。だから、彼を生き返らせようというむちゃな努力をついに放棄したときには、この上なく深い悲しみを覚えずにはいられなかった。
 そのままパウエルの死骸を岩棚の上に残して、私は洞窟の中にはいずりこみ、内部の様子をさぐろうとした。なかは非常に広く、さしわたし百フィート、高さ三、四十フィートもある大広間のようだった。床がすっかりすりへって、なめらかになっていることをはじめとして、遠い昔に人が住んでいたことを物語る証拠がたくさんあった。洞窟の奥のほうは深い闇につつまれて見通しがきかず、ほかの部屋へ通じる穴があるのかどうかは見定められなかった。
 洞窟のなかを調べているうちに、心地よい眠気がじわじわと襲ってくるのを感じはじめた。長いあいだ懸命に馬を走らせた疲労や、戦ったり追われたりで興奮した反動のせいだろう。なあに、ここにいればわりあい安全だ。敵の大軍が押し寄せてきたって、この洞窟へはいる道なら一人で守ることができる……。
 まもなく猛烈に眠くなり、洞窟の床に身を投げ出してちょっと休みたいという強い欲求をほとんど押えきれないほどになった。断じて眠ってはいけないことはわかっていた。そんなことをすればインディアンどもの手にかかって殺されるにきまっている。やつらはいつなんどき襲いかかってくるかわからないのだ。私はやっとのことで洞窟の入口に向かって歩きだしたが、たちまち酔っぱらったように足もとがふらついて壁にもたれかかり、そのままずり落ちて、床の上にうつぶせに倒れてしまった。

……「一 アリゾナの山にて」より

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