「紅楼夢」(上・下)

曹雪芹/ 富士正晴・武部利男訳

(上)ドットブック版 618KB/テキストファイル 321KB

(下)ドットブック版 595KB/テキストファイル 362KB

各1200円

 物語は、上流階級の賈(か)氏一族の貴公子(坊っちゃん)賈宝玉(かほうぎょく)を主人公とし、繊細でプライドの高い美少女の林黛玉(りんたいぎょく)、良妻賢母型の薛宝釵(せつほうさ)の三人の関係を主軸として展開する。同時に、清朝の上流階級の生活が克明に描きだされる。賈家の豪華奢侈の日々、間断なくもよおされる宴会の場面、主人公の男女たちの室内における起居、かれらにかしずく無数の女中・下男らの立ちいふるまい、それらが何のわざとらしさもなく、ごく自然に、ありのままに写される。そして大家族の共同生活にはつきものの種々のいざこざ、はては閨中の秘事まで、すべてがありありと鏡のようにうつし出される。その一方で、主人公たちは儒教道徳や官僚の腐敗、不正に対する痛烈な批判も口にし、当時の社会に対する諷刺・批判的色彩も帯びている。
 現代中国で誰でも知っている有名な小説であり、繰り返し映画や演劇、テレビドラマに取り上げられている中国古典。日本でいえば「源氏物語」に匹敵する。三国志演義の「武」、水滸伝の「侠」に対して、紅楼夢は「情」の文学であるとされる。

曹雪芹(そう せっきん)――清朝中期の人で、1763年に歿しているが、生まれたのは1715年より少しあととしかわからない。南京の有力な名家に生まれたが、生家が没落、貧しい暮らしをおくるなかで、十年の歳月をかけて「紅楼夢」を完成させた。

立ち読みフロア
第一回
 昔、女※(じょか)(※は「女へん」に「渦」のつくり)氏が石を煉(ね)って天の欠けたのを補修した時、大荒(だいこう)山無稽崖(むけいがい)で高さ十二丈、さしわたし二十四丈の荒岩を三万六千五百一個煉(ね)り作ったが、三万六千五百個だけ使って、一個は使わず、青※峯(せいこうほう)(※は「山へん」に「更」)のほとりに捨てておいた。ところがこの岩は煉られたために知恵がつき、他の岩が役に立ったのに、自分だけは残されたのを日夜くやしがっていた。
 ある日、また悲しんでいると、骨格非凡、異相の一人の僧と一人の道士(どうし)が突然やってきて、地面に坐って長話をする。ふと見ると、この岩がきれいに透きとおり、扇子の根付(ねつけ)ほどに縮まってしまって、佩(お)びるのにも持つのにもよくなっている。僧はそれを掌(てのひら)にのせ、これは本当は宝なんだが、見たところ立派とは受けとれん、何か字をほりつけて、一見して大変な物だとわかるようにしてやったら面白かろうな、そうだ、よし、こいつを文明の国、文化の一族、華やかな場所、住みよい豊かな家につれて行って、ぬくぬく楽しめるようにしてやろう。石はひどく喜んで、わたくしをどうなさるのでしょうか、またどこへつれて行かれるのでしょうか、お教えくださって、わたくしを安心させてくださいませ、と言う。僧は、お前は聞かんでもよい、おいおいわかってくることじゃからな。
 僧がその石を袖(そで)に入れて、道士(どうし)とともに飄然(ひょうぜん)と立ち去って、どこへ行ったのかわからず、またこれから何百年たったかもわからぬが、空空(くうくう)道人という道士がいて、この大荒山無稽崖(むけいがい)、青※峯(せいこうほう)のほとりを通った。すると、そこの岩の上に文字も明らかに何やら書いてある。読んでみると、これが天の補修に役立たず、茫茫(ぼうぼう)大士、渺渺真人(びょうびょうしんじん)に浮世へつれこまれて離合悲歓いろいろのことを体験したとあり、その裏に一首の偈(げ)、「わが才は蒼空を補修出来もせず、仕方なく浮世に入る幾年月、この身前身後に係わることを、誰にたのんで書き記して世に伝えよう」とあって、その後に、この石の体験が、家庭内のことから、つまらぬ詩にいたるまで備わっていたが、その時代や地理などは落ちてしまっている。
 空空(くうくう)道人は石に向かって、お前さんの体験はなかなか面白いから、世に伝えようとは思うがね、第一に年代がわからんし、第二には政治のことがない、へんてこな女どもが情があるとか、変だとか、小ざかしいばかりで、立派な人物がおらないし、わしが写して世に出しても、人はかえりみないんじゃないかな。
 その石の上にはどんな事柄があるか。天の補修の当日、地面が東南で沈下したというが、この東南の一隅に姑蘇(こそ)という所があり、仁清巷(じんせんこう)という路地の中に一つの古廟(こびょう)があった。その葫蘆廟(ころびょう)のそばに住んでいた郷士(ごうし)を甄士隠(しんしいん)、本妻の封(ほう)氏はしとやかで礼儀正しく、大して富んでいるわけではないが、土地の人は家柄として尊んでいた。甄士隠は淡白なたちで、出世功名を思わず、毎日花を見、竹の世話をし、酒をのみ詩を吟ずるなどを楽しみにして、いっそ仙人のような無欲な人柄であった。ただ一つ物足りないのは、すでに五十になるのに息子がいない。娘が一人あり幼名英蓮(えいれん)といい、三歳になる。
 ある夏の日長に、士隠(しいん)は書斎に坐っていたが、本をもつのもいやになり、机に伏せてしばらく休み、ついとろとろと眠ったかと思うと、夢でどこかへ行ったようで、どこかもわからなかった。と見ると、向こうから一人の僧と一人の道士(どうし)が来る。
 歩きながら話すのを聞くと、道士が、お前はこんな物もってどこへ行くつもりなんだ。僧は、気にしなさんな、いま現に艶事(つやごと)が結着することになっているんだ、大した道楽な奴がおって、まだ生まれかわって世に出ずにいる、この折に、この物もその中へ入れて、ともに世に出してやろうと思っているのだ。道士は、しかし、どこのどちらに落ちて生まれかわるのかなあ。僧は、話せば面白いが、いままで聞いたこともないような事でな、西方極楽は霊(れい)河の岸の三生石(さんしょうせき)のわきに一株の絳珠(こうじゅ)草があって、赤瑕(せっか)宮の神瑛(しんえい)侍者というのが毎日甘露(かんろ)をかけて育てていたのだ、すると長い歳月をへて、これが人の形にかわることができ、女人の体になったわ、とやこうするうち、絳珠(こうじゅ)草は甘露をかけてもらった恩に報いてないということで、身内にある思いが鬱結(うっけつ)して気が済まなくなってきたなあ、一方神瑛(しんえい)侍者は春心がたまたま盛んに燃え上がってたまらず、人間世界に行きたいと思い、警幻(けいげん)仙女の許しを得る、また絳珠(こうじゅ)仙女の方も、あとから世に出て、人となり、自分がもてるかぎりの涙を神瑛(しんえい)侍者にかえして、これまでの恩をつぐなってしまおう、と言った、それからまた幾人かの道楽者をいっしょに誘い出して、この事の結着をつけることになるだろうな。
 道士は、いかにも珍しい、昔から、こんな涙で恩返しするちゅう風なことは聞いたことがない、どうもこりゃ、これまでの艶事(つやごと)よりも、手がこんで行き届きそうだ、ではわれわれもこれから人の世に行って、そのものらを助けてやろうかな。
 僧は笑って、思いは同じだな、お前さんもわしといっしょに警幻(けいげん)仙女の宮中に行って、そのものをちゃんと引き渡し、道楽者どもがすっかり世に出るようにしてから、われわれも行こうじゃないか、少々は世に出たようだが、まだみんな出揃ったわけじゃないから。
 道士はいった。そうなんだよ、お前といっしょに行こう。
 甄士隠(しんしいん)はみんな聞いたが、そのいわゆる「物」がどんなものかわからない。ついにたまりかねて進み、礼をして、おふた方、ちょっとお頼みしますが、と言うと、僧も道士も答礼して、どういうご用ですか、と聞く。士隠は、今たまたまお話をうけたまわりましたが、実にこの世にも珍しいことで、わたくしども愚鈍ではっきりわかりませんが、もしよくお聞かせくだされば、わたくしは耳を洗ってうけたまわり、それで覚(さと)りましたら、迷いの苦しみを免かれることができましょうかと思いまして。
 二人は笑い、これは天の機密で、あらかじめ洩らすことのできぬもの、その時がきて、わしら二人をお忘れなければ、火宅(かたく)の苦しみを逃れることができましょう。士隠は、それならば伺いません、ただいま物(もの)ということを聞きましたが、それは何でございますか、拝見はできますまいか。
 僧は、それならば、縁もあること、といって取り出して士隠に渡した。見れば一つの玉で、上面にはっきりと「通霊宝玉(つうれいほうぎょく)」の四字がほりつけられてあり、裏面には幾行かの小字があったので、それを見ようとすると、その僧は、もう幻境に来たから、と玉を奪いとり、道士といっしょに石の山門をくぐって行ってしまった。山門の上の方には、「大虚幻境(たいきょげんきょう)」の四字と、両脇に、「仮の真と作(な)る時真も亦(ま)た仮、無の有と為(な)る処有も還(ま)た無」と対聯(たいれん)が書いてあった。ついて行こうと足をあげると、山崩れ地陥(お)ちようかという雷を聞き、あっ、と言って、眼をあけると、日はかっかとし、芭蕉の葉はただゆらゆらとしているばかり。夢の中のことは半分ぐらい忘れてしまった。
 ちょうど乳母が娘の英蓮(えいれん)を抱いて来たので、士隠(しいん)は可愛い盛りの娘をふところに抱き、しばらく遊ばせてから、街に出て祭りのお通りの賑(にぎわ)いを見て進もうとすると、向こうから僧と道士が来る。僧ははだしで、しらくも頭、道士はちんばで髪ぼうぼう、やや狂人じみて何やらしゃべりながらやって来た。士隠(しいん)が娘の英蓮を抱いているのを見ると、僧は大いに泣きだし、旦那、あんたこんな運のない親迷惑なものを抱いていて何になるんです。
 士隠がかまわずにいると、なおもしつこく、わしにくれ、わしにくれ、と言うので、うるさくてたまらず、士隠が行こうとすると、僧は士隠を指さし大笑しながら、四句の歌をよんだ。「お乳母(んば)日傘の美しい娘はお前のばかさを笑おう、菱(ひし)の花は空しく雪どけにあおう、気をつけろ佳節元宵(かせつげんしょう)の後、煙も消え火も滅する時」
 士隠は聞いても十分わからぬので、訳(わけ)を聞こうと思ったが、道士は僧に、いっしょに行くのはよして、ここから別れて、めいめい仕事をすることにしよう、みんな片づいたら北※(ほくぼう)山(※は「亡」に「おおざと」)で待ち合わせて、いっしょに大虚幻境に帰って終わりとしよう、と言い、僧は、結構だ、と言って、どこかへ行ってあとかたなくなった。
 士隠(しいん)が考えこんでいると、葫蘆廟(ころびょう)に寄居している貧乏儒者の賈雨村(かうそん)という者がやって来た。彼はもと湖(こ)州の人で家柄もいいのだが、家の衰えた頃に生まれ、財産もなく身内も絶え、裸一貫で上京し出世しようと考え、前年からここへ来て、毎日書きものなどして暮らしていたのである。雨村(うそん)は士隠(しいん)を見て、急いで挨拶しながら、老先生、門さきでご見物のようですが、街に何か珍しいことでも。
 すると、士隠は、いや、何でもありません、ちょうど娘が泣くのでつれて来たまでのこと、あなたが来られたのだから書斎でちょっとしゃべりましょうや。書斎で話していると、来客があり士隠は中座したので、雨村は本など眺めていたが、窓の外で女のせきばらいがする。雨村がのぞいて見ると、一人の女中が花を摘んでいる。器量よく、目鼻立ち涼しく、なかなか魅力があるのでうっとり見とれていた。
 女中は花を摘んで、行こうとして頭をあげると窓の中に人がいる。ぼろ服で貧乏たらしいが堂々たる人品骨柄(じんぴんこつがら)、女中は身をかくしながら、あの人がうちの旦那様が、いつも何とかしてあげたいといっている賈雨村(かうそん)どのとかいう方か、いつまでも困っている人ではないと言っておられたが、と心に思い、つい二度ほど振りかえった。
 雨村はそれを見ると、この女中おれに気があるからだなと思って、なかなか目が高いわい、浮世での知己だと考えた。まもなく、客に食事が出ると聞いて、これはいかぬと勝手に帰って行ったが、士隠は改めて呼びにやることはせなんだ。
 日は早くすぎて、中秋の佳節(かせつ)となると、士隠(しいん)は、祝いがすんでから書斎に一席をもうけ、自分で月をふんで雨村(うそん)を迎えに行った。雨村はあの時から、いつも女中のことを忘れなかったが、十五夜の月に感傷してみずからの思いを詩で吟じ、また自分の現在のパッとせぬのに考えおよび、天に向かって長嘆しながら、

 玉(たま)は※(とく)中に在(あ)って善価(ぜんか)を求め
 釵(さ)は奩内(れんない)に於て時を待って飛ばんとす

 と一聯(れん)句を高吟した。ちょうど士隠が来てこれを聞き、雨村さん、ご抱負(ほうふ)大したものです、と言い、一杯さし上げたいと招待して、雨村は書斎へとついて行って、さしつさされつ飲みはじめた。
 その時、街の方でも、家々に笛がなり、絃ひびき、頭上の明月は冴(さ)え渡り、二人は大いにのみかわしたが、そのうちに士隠が賈雨村(かうそん)の面倒をみて、上京させて文官登用試験を受けさせることに話がきまり、五十両の銀と二組の冬衣を与えて、十九日の吉日に舟で上京するようにすすめた。雨村は銀や冬衣をもらっても一言ぐらい礼をいっただけであった。その夜は十二時すぎまで飲んで別れ、翌日おそく目ざめた士隠は約束の紹介状を二通かき、使いにとどけさせたが、賈雨村(かうそん)はすでに夜明け前に出発しており、読書人は日の吉凶はいわぬものだから、お目にもかからず急いで立ちますということづけが残されていた。
……「第一回」冒頭より

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