「金瓶梅」(上下)

作者不詳/富士正晴訳

(上)ドットブック版 303KB/テキストファイル 167KB

(下)ドットブック版 304KB/テキストファイル 169KB

各400円

好色文学の一大奇書として有名な中国古典。作者不詳。『水滸伝』のなかの西門慶《せいもんけい》と潘金蓮《はんきんれん》の色ごとを描いた挿話をふくらませて全百回の一大色豪・愛欲ものがたりに仕立て、当時の世情を活写した小説。金瓶梅とは、西門慶の第五夫人「潘(金)蓮」、第六夫人「李(瓶)児」《りへいじ》、金蓮つきの女中「春(梅)」《しゅんばい》からとったもの。本書はこの大長編を、中国文学に傾倒した作家富士正晴が、手際よくまとめたダイジェスト版である。
立ち読みフロア
 大宋《たいそう》の徽宗《きそう》皇帝の政和年間、山東の清河《せいか》県に、生薬《きぐすり》屋の主人で、姓は西門《せいもん》、名は慶《けい》という男がいた。四川《しせん》広東広西《かんとんかんしー》の薬材を売って金を作り、間口五間、奥行七層の店をひらき、土地での物持ち、西門だんなとあがめられた西門達《たつ》のひとりむすこなのだが、幼いころから甘やかされて育ち、ろくろく読書もしない。その代わり、遊びといえば、拳術《けんじゅつ》、棒術、ばくち、双六《すごろく》、将棋、麻雀、謎あてなど知らぬことがなく、父母に別れてからは、色町で遊び回っていた。
 そのころ二十六七歳で、顔だちは堂々たるもの、女が大好きというやつ、付き合う友だちはおおむね世にいう頽瘍賊《たいようぞく》、ろくでもないことをするのが本職という手合いである。
 第一に応伯爵《おうはくしゃく》、呉服屋の応だんなの次男だったが、自分の代になって資本をすってしまい、色町でたいこを持って暮らしているのであだ名を応花子《こじき》。第二に謝希大《しゃきだい》、家柄の子孫だが幼くて両親を失い、前途に見切りをつけて遊んでいる。それから、祝実念《しゅくじつねん》。孫天化《そんてんか》。呉典恩《ごてんおん》、これは県の陰陽《うらない》生だったが止《よ》して県庁前で役人相手の金貸しをやっており、そんなことで西門慶と往来がある。他に、雲参将《うんさんしょう》の弟の雲理守《りしゅ》。常峙節《じょうじせつ》。ト志道《ぼくしどう》。白賚光《はくらいこう》。
 こういう連中が西門慶をとりまき、かれにたかって酒を飲み、女を買い、ばくちを打って遊ぶ。普通の男ならいくら金があってもたまったものでないが、西門慶は世才に富み、悪知恵が回り、損得の道にも長《た》けていたから平気である。役人に金を貸し、時の四大官僚の高・楊《よう》・童・蔡《さい》といった連中にも道筋をつけて、県の公事にも、人のもめごとにも口をきき、ぴんはねをやる力がある。だから県内の人々はかれをおそれて西門大官人とあがめたてまつった。
 西門慶は陳《ちん》氏を妻としたが、娘をひとり残して早死にした。そこで呉千戸《ごせんこ》の娘の呉月娘《ごげつろう》を後添えにもらった。八月十五日の生まれである。二十五くらいの柔順な女で、夫の言いなりしだいになっている。第二夫人は芸者上がりの李嬌児《りきょうじ》、第三夫人は娼妓《しょうぎ》上がりの卓二姐《たくにそ》、月ぎめにしていたのを、落籍したのである。卓二姐は病気がち、精力絶倫の西門慶は浮気の虫が動かぬでもない。
 ある日、家でひまを持てあましていた西門慶は呉月娘《ごげつろう》に、
「来月三日は仲間の会だな。二《ふた》テーブルの酒席と芸者ふたり準備してくれよ」
「およしなさいな、あんな連中よろしくありませんわ。それに卓二姐《たくにそ》が病気だし、お酒も少しお控えになったら」
「そうはいかないよ。ほかのやつは別だが、応さんはどうだい。良い男じゃないか、おもしろくて、几帳面《きちょうめん》で。それに謝だって切れるしろものさ。そうだ、いっそ、今度、兄弟分の契りを結んでやろう。後々たよりになるからな」
「兄弟分ですか。たよられっぱなしが落ちってとこでしょう。あほらしい」

 ……冒頭より

購入手続き/ ( 


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***