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「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」 コナン・ドイル作/鮎川信夫訳 |
| 「信ジガタキ怪奇ナ体験ヲシタ。助言願イタシ」という電報で始まる「ウィスタリア荘」から、第一次世界大戦の勃発日に密談をかわす二人のドイツ人の姿から始まる異色作「最後の挨拶」まで、ホームズの推理は衰えを知らない。 | |
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覚え書をみると、それは一八九二年の三月も終りに近い、風の吹くうすら寒い日だったと記されている。私たちが昼食の席についている間に、一通の電報が届き、ホームズは返事を手早く書いた。その件について彼は何ひとついわなかったが、気にはとめていたらしく、食事のあとで、考え込んだ顔つきで暖炉の前に立ったまま、パイプ煙草を喫っては、ときおり電文に眼を走らせていた。それから突然私を振りかえり、いたずらっぽく眼を輝かせた。 「ワトスン、文学者としてのきみに訊かなくちゃならないんだがね」と彼はいった。「怪奇(グロテスク)という言語をどう定義づけるかね?」 「不可思議(ストレインジ)とか異常(リマーカブル)とか」と私はいった。彼は頭を振って、私の定義を否定した。 「それ以上の意味があるんだ。悲劇的なものや恐怖すべきものを暗示する何かが根底にあるよ。世の大衆を長いこと悩ませてきたきみのいろんな物語のどれかを思い返してみれば、怪奇なものが昂(こう)じて犯罪に転じた例がいかに多いかがわかるだろう。赤毛の男の事件(「冒険」編の中の「赤毛クラブ」)を考えてみたまえ。はじめは確かに怪奇だったが、結局は無謀な強盗事件となってしまった。あるいはまた、五粒のオレンジの種というひどく怪奇な事件(「冒険」編参照)も、ただちに殺人をともなう陰謀事件を引き起こしたよ。ぼくは怪奇という言葉があると頭が働きだすんだ」 「その電報に怪奇という語があるのかい?」 彼は電報を声を出して読んだ。 信ジガクキ怪奇ナ体験ヲシタ。助言願イタシ。 ……「ウィスタリア荘」より |
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