「東の国から」

ラフカディオ・ハーン/平井呈一訳

ドットブック版 243KB/テキストファイル 222KB

735円

ハーン来日後の第2作。《新しい日本における幻想と研究》の副題をもち、ハーンが熊本滞在中に日々目にし感じた当時の「日本」が生き生きと描かれる。「夏の日の夢」「九州の学生とともに」「博多で」「永遠の女性」「生と死の断片」「石仏」「柔術」「赤い婚礼」「願望成就」「横浜で」「勇子」の11編からなる。次作「心」とともに、明治20年代後半の日本人が活写されている。

ラフカディオ・ハーン(1850〜1904)小泉八雲。アイルランド出身の軍医であった父とギリシア人の母を持つ。アイルランド、フランス、イギリスで教育を受け、その後アメリカに渡ってジャーナリストに。数々の雑誌や自費出版の本などを手がけた後、紀行文を書くために来日。松江中学校の英語教師として教壇に。日本人女性、小泉節子と結婚し、46歳のときに帰化願いが受理されて「小泉八雲(こいずみやくも)」と改名した。日本的なるものの探求につとめ、英文による創作・エッセイによって、当時の日本を広く世界に紹介した。代表的なエッセイに「日本瞥見記」「東の国から」「日本…一つの試論」、創作に「怪談」「骨董」がある。

立ち読みフロア
 その宿屋は、わたくしには極楽のように思われた。そして、そこの女中たちは、まるで天女(てんにょ)かなんぞのように思われた。というのは、ちょうどその時わたくしは、近代的設備ならなんでもそろっている、ゆっくりと手足ののばせるようなヨーロッパ風のホテルはないものかと思って、この国のある開港場へそれをさがしに行って、じつはそこからほうほうのていで逃げ出してきたところだったからである。そんなわけで、そこの宿屋のゆかたにくつろぎ、ひんやりとした当りのやわらかな畳の上にあぐらをかいて、すずしい声をした女中たちにかしずかれ、きれいなものに身のまわりをとりまかれながら、ゆっくりと足腰をのばしたときには、まず、十九世紀のあらゆる心労からほっと救われたような思いがした。
 朝の膳には、竹の子とハスの煮つけが出た。それから、極楽のおみやげに、うちわを一本くれた。そのうちわには、波打ちぎわに、大きな波がひとつどんと白く砕(くだ)け散っている上に、あさぎ色の空へむらむらぱっと舞いあがっている、チドリの絵がかいてある。この絵ひとつを見るだけでも、ここまでわざわざ出かけてきた旅の苦労を、きれいさっぱり忘れるだけの値打があった。みなぎる光り、人を威圧する壮大な生動、汐風の凱歌(がいか)、――この三つのものが、渾然と一幅の画中にとけあっている絵だ。それを見たとき、わたくしは思わず、あっと快哉を叫びたくなったくらいであった。
 二階ざしきの縁がわの、杉丸太の柱のあいだから、海ぞいの、くすんだ色をした美しい町の家並が、ひと目に見わたされる。碇(いかり)をおろしたまま、うつらうつら眠っているような幾そうかの黄いろい帆かけ舟、見上げるばかりの深緑の断崖が両がわから迫りよったあいだにひらけている入江の口、そのむこうに、はるかかなたの水平線まで、いちめんにぎらぎら光り輝いている夏の海。その水と空と相つらなるあたりに、さながら古い思い出を見るように模糊(もこ)として打ち霞(かす)んでいる※※(あいたい)(前の※は雲へんに愛、後ろの※は雲へんに逮)とした山のすがた。そうしてしかも、くすんだ色のその町並と、黄いろい幾そうかの帆かけ舟と、深緑の断崖とをのぞいたあとは、なにもかも、天地はただひといろの紺碧(こんぺき)に塗りこめられているのである。
 そのとき、恍惚としたわたくしの瞑想のなかへ、ふと風に鳴る風鈴の音(ね)のようなすずしい声が、しとやかな挨拶のことばを奏(かな)でだした。わたくしは、その声の主(ぬし)が、この玉楼の女将(おかみ)だなとすぐに心づいた。おかみは、茶代の礼を言いにあがってきたのである。わたくしは、さっそくおかみのまえに手をついてあいさつをした。おかみというのは、まだごく年の若い、それこそ惚れ惚れするような愛嬌したたる婦人で、ちょっと、国貞(くにさだ)えがくところの青娥(せいが)の小婦、胡蝶(こちょう)の美人といったおもむきがある。そのおかみをひと目見て、わたくしは、なんということなしにふと死というものを考えた。すべて美しいものは、どうかすると悲しみの予感となることがあるものだ。
 おかみは、わたくしがこれからどこへ行くのか、しだいによっては、お俥(くるま)をお呼びいたしましょうかといってたずねた。そこで、わたくしは答えた。
「これからわたしは熊本へ行くのだがね。行くまえに、ひとつお宅の屋号を、念のためにうかがっておきたいな。いつまでも忘れずにおぼえておきたいから……」
 すると、おかみは言った。「まあ、ほんに手前どもでは、お客さんのお部屋もおそまつで、女中(こども)もまことに行きとどきまっせんでなあ。屋号は『うらしまや』と申します……。そんなら、ちょっと、お俥を申しつけてまいりましょう」
 琴でもかなでるようなおかみの声が、そのまま部屋から立ち去って行ってしまうと、わたくしは、にわかに妖(あや)しいクモの絲かなんぞにからだじゅうを十重二十重(とえはたえ)に巻きつかれでもしたように、身のまわりに何かねっとりとした恍惚感が、じんわりと落ちてきたような心もちがした。というのは、ほかでもない、その宿屋の屋号が、人をまぼろしの世界へと誘いつれてゆく、ある歌ものがたりに出てくる名前とそっくりおなじだったからである。


……「夏の日の夢」冒頭

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