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「フラニーとズーイ」 サリンジャー/鈴木武樹訳 525円 |
| 女子大生フラニーは学生生活のエゴとてらいに嫌気がさし、週末のデートを自分からぶちこわしてしまう。兄ズーイは帰宅した傷心の妹に人間的なきずなを回復させようと、必死のカウンセリングを試みる。アメリカの戦後世代を代表する作家の、愛と祈りの書。
サリンジャー(1919〜)アメリカの戦後世代を代表する作家。「ライ麦畑でつかまえて(1951)」はマーク・トウェインの「ハックルベリ・フィンの冒険」の伝統を引き継ぐ作品と評されて、一躍新感覚の作家と認められた。その後の作品はほとんどが「ニューヨーカー」誌に発表された。代表作は「フラニーとズーイ」に始まるグラス家の物語のほか、短編集「九つの物語」がある。 |
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| 立ち読みフロア | |
| 日射しこそ眩《まばゆ》かったが、土曜日の朝はまたオーバー向きの天気に戻っていて、この週ずっと続いていたダスター向きの天気ではなく、みんな、呼び物つきの週末まで陽気はこのままでいてくれるだろうという当てがはずれた――この週末はイェールとの試合なのだ。駅では若い男たちが二十何人か、デートの相手が十時五十二分で着くのを待っていたけれども、そのうち六、七人しか、寒い、吹きっさらしのプラットホームには出ていなかった。残りは、帽子もかぶらずタバコの煙に包まれて、ふたり、三人、四人と、暖房がきいた待合室のそこここに小さく固まって話しこんでいたが、その声にはほとんど例外なく、いかにも大学生らしい自信たっぷりの響きがあり、まるでだれもかれも、会話の番が回ってくると勢いこんで、なにかたいへんな論点にこの場かぎりで決着をつけてしまうのだ、とでもいうかのようだった――外部の非大学世界が何世紀ものあいだ、小癪《こしゃく》にも、か否かはべつとして、へたくそにいじくりまわしてきたものにだ。 レイン・クウテルは、内側にウールの裏張りがボタンで留めてあると、すぐに知れるバーバリ・レインコートを着て、あの吹きっさらしのプラットホームに出ている六、七人の中のひとりになっていた。それともむしろ、彼らのひとりでもあれば、ひとりでもなかった。というのは、ほかの連中の会話の射程からはわざと外に出て、背はクリスチャン・サイエンスの無料書架にあずけ、手袋をはめていない手は両方ともコートのポケットに突っこんでいたのだ。彼はエビ茶色のカシミヤのマフラーを巻いていたけれども、それは首のところがせりあがっていたので、ぜんぜんといっていいほど、寒さを防ぐたしにはなっていなかった。彼はとつぜん、いくらか無意識に、右手をコートのポケットから出して、マフラーを直しはじめたが、まだ直しおわらぬうちに、気を変えて、その同じ手をコートの内側に持ってゆき、上着の内ポケットから手紙を抜きだした。そして、さっそく、口をかるく開いたまま読みはじめた。 その手紙は薄い青の便せんに書かれて――タイプで書かれて――いた。いじくりまわされて香の抜けた気配があるところを見ると、これまでもういくどとなく封筒から抜きだされては読まれているようだった。 火曜日、だと思うけど いとしいレインさま 今夜は寮の中がぜんぜんばかばかしいくらいにやかましくて、自分で自分の考えている声が聞きとれないくらいなので、このお手紙を解読していただけるかどうか、あたしにはぜんぜんわかりません。だから、もしなにか誤字でもしたら、お願いですから、大目に見てくださるようお願いします。これはついでだけど、ご忠告を守って、このごろは辞書にとても頼るようになりましたから、もしそのためにあたしの文体がギクシャクしているようだったら、それはあなたのせいです。ところで、たったいま、すてきなお手紙を受け取りましたけど、あたしはあなたのことが千々《ちぢ》に砕けんばかりに、気も狂わんばかりに、エトセトラ好きなので、この週末が待ちきれないくらいです。クロフト館にはいることができないのはとても残念ですが、ほんとうは、どこにいたって、暖かくて、ナンキンムシがいなくて、あなたにときどき、つまり一分ごとにお会いしさえすれば、あたし、かまいません。あたしはこのごろはつまり、おかしくなりかけているのです。こんどのお手紙は、あたし、すごく大好きで、とくにエリオットのところはそうです。どうやらあたしは、詩人はサッポー以外、軽蔑《けいべつ》しはじめているみたいです。彼女を気違いみたいに読んでいるのですけど、俗っぽい批評はよしてね。あたし、もし優等を狙《ねら》うことにして、あたしのアドバイザーに当てられているあの低脳がいいと言ったら、学期論文は彼女をやるかもしれないくらいです。「優美なアドニスが死にかけているけど、キュテレィア、どうしたらいいの? 自分で自分の胸をたたいてね、おとめたち、チュニスを引きさくのよ」これすてき《ヽヽヽ》じゃない? 彼女もいつもそうしたふう《ヽヽ》なのよ。あなた、あたしのことを好き? あのひどいお手紙の中では一度もそう言ってくださらなかった。あたし、あなたンどうしようもないくらい超男性的で加黙(字は?)だったら、あなたのこと憎むわよ。ほんとうにあなたが憎いからじゃなく、体質的に、強い無口な人には反発するの。べつにあなたが強くないってことではなくて、あたしの言う意味、わかってくださるわね。ここはどんどんやかましくなっていくので、自分で自分の考えている声がほとんど聞きとれないくらいです。とにかくあたしはあなたが好きで、この手紙は速達で出して、あなたがうんと早く受け取れるようにしたいと思います――もしこの気違い病院の中で切手が見つかったらの話だけど。あなたが好きよ、あなたが好きよ、あなたが好きよ。この十一か月であたしあなたと二回しか踊ってないことを、あなたはほんとうにわかっているのかしら? ヴァンガードであなたがとっても酔っぱらっていたあのときは別にしてよ。どうもあたし、どうしようもないくらい自意識過剰になってるみたい。それはそうと、こんどのパーティ、入り口に出迎えの列があるようなおおげさなのだったら、あたし、あなたを殺してしまうから。土曜日までね、あたしのお花! キスキスキスキス ありったけの愛をこめて キスキスキスキス フラニー 追伸 パパがレントゲンを病院からもらってきて、あたしたちはみんな、とってもホッとしています。腫瘍《しゅよう》ですけど、悪性なのではないのです。ゆうべ母と電話で話しました。ついでだけど、あなたによろしくとのことでしたから、あの金曜日の夜のことでは気を楽にしていていいです。あたしたちがはいってきたのを、聞きつけてさえいないと思うわ。 追々伸 あなたに書くときのあたしったら、とっても非知的で、おばかさんみたい、なぜかしら? 分析してみてくださってもけっこうよ。こんどの週末は、最高に楽しみましょうね。つまり、できたらこんどだけは、なんでもかんでも、とくにあたしを、トコトン分析するようなことはしないってこと。あなたが好きよ。 フランスィズ(彼女の署名マーク) ……「フラニー」冒頭 |
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