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「許されざる結婚」
エラリー・クイーン/井上勇訳 630円 |
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エラリー・クイーンとボー・ランメルは共同で探偵事務所を開設した。そこに現われた最初の依頼人、億万長者のコール氏は、奇妙な条件つきの遺言書を残し、数日後、自分の所有する豪華ヨット上で謎の死を遂げた。巨万の財産を相続する姪、ケリーとマーゴが発見されたが、この娘たちをめぐって次々と怪事件がおこる。エラリー・クイーンの面目躍如の本格ミステリー。 エラリー・クイーン |
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| 立ち読みフロア | |
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ボー・ランメルを紹介しよう。 いや、ボー・ブランメルではない。ボー・ブランメルは、一七七八年にロンドンで生まれた粋人(すいじん)だった……ボー・《ランメル》。ボー・ランメルは、一九一四年、ニューヨーク、チェリー街で生まれた。 ボーが、自分の名前に甘んじていたと思ったら、それこそ大間違いだ。ボーは子供の頃から、自尊心を守るために、ことあるごとに一計をめぐらし、全人類を向こうに回して戦う心構えで過ごして来た。詭計(きけい)を弄したこともある。パックとか、バッチとか、どことなく男らしい変名も使ってみた。しかし、それはしょせん徒労だった。「ランメル? ランメルだと? おや、てめえは知らんのか。きみの名はボーと来なくっちゃ、ボー・ランメル。はっ、はっ、はっ」 ボーのひととなりは、この因果な名前のために、地獄の釜(かま)でぐつぐつと煮つめられて固まったのだ。十二の時、調べてみて、自分と同名の人物は、むかし、ロンドンきってのしゃれものだったということを知るに及んで、ボーは大のおしゃれ嫌いになった。そういうわけで、こんにち、みなさんが、手の節々(ふしぶし)が傷だらけで、ふた月も着のみ着のままで眠ったらしい風体の若い大男を見かけたら、それは腹ぺこの宿なしではなく、ボー・ランメルその人と思って間違いはない。 父親である、麻薬班のジョニー・ランメル警視の心をいためたのは、ボーのたびたびの出奔だった。コロンビア大学の法学部在学中には、頭のいい駄洒落(だじゃれ)屋連中の、かっこうななぐさみものになるのがいやさに、三度も逐電(ちくでん)した――最初の時は、河底トンネルの工事場に入りこんで、砂掘り人夫になったが、たまたま、リスアニア生まれの屈強な砂掘り人夫に、秘密にしていた面目(めんぼく)ない名前を発見されたのが運のつきで、六法全書の講座にひきもどされて、あっけなく挫折(ざせつ)。次には、三流サーカスの宣伝係になったが、ここでは、《力わざ師》ボンゴと血まみれの大立回りを演じたあげく、エピソードは終りを告げた。その大男は、ボーなどという、あまっちょろい名前の男なら軽くやっつけられると高(たか)をくくっていたのだが、もののたとえにいう、陣痛の苦しみから立ちなおると、自分の誤算を思い知った。三度目は、六番街のビル建築現場の高い足場で、鋲(びょう)うちをやった。この時は、からかった仲間を腹をたてて追いまわし、危うく四十階の高さから落ちるところだった。それからというもの、ボーは、母なる大地にもっと近い所に逃げ場を求めた。 ボーは、夏休み中にもよくずらかった――一度はハリウッドへ、一度はアラスカへ、そして一度は、リオデジャネイロ行きの貨物船に便乗して、なつかしの南半球へ。この最後の逃避行は、とんでもない見込みちがいだった。というのは、積荷監督が学のある男で、名前の一件を面白おかしく船員たちに言いふらしたため、若きランメル君は、泳ぐほか逃げ場のない大海原を戦場として、自分の名前に加えられた中傷を懲らしめることが必要となった。 エラリー・クイーン氏が、はじめてボーのことをきいたのは、ジョニー警視が亡くなった時だった。 エラリーの父のクイーン警視は、この古い友人の死をいたく悲しみ、なんとかその息子の面倒(めんどう)をみてやりたいと思った。 「あの子はとほうにくれてるんだ」と警視はエラリーにいった。「学校を出て弁護士になったのだが、やめてしまった。いろいろな事情を考えれば、当人だけを責めるわけにもいかない。それにあの子は、回転椅子におちつくように、おとなしく生まれついていないのだ。はちきれそうな若芽で、堅パンのようにタフなんだ。あらゆることをやってきている――水夫もやれば、鋲うちもやった。アメリカじゅうをほっつき歩いて、カルフォルニアでオレンジもぎもやったし、そうかと思うと、公共事業促進局の仕事で溝掘りをしたこともある……あらゆることをやってみたが、自分というものだけがまだ見つかっとらん。今おやじに死なれては、なおさら大変なことだ。なにしろ、なまいきざかりの若者だ、ボーは。なんでも心得ているつもりでいる。まさに、それに近いがね」 「何という名ですって?」とエラリーがきいた。 警視は答えた。「ボーだ」 「ボー・ランメルですか」エラリーの顔がほころびた。 「そら、お前も笑う。みんな笑うんだ。それがボーの十字架だ。ただ、面と向かってからかうんじゃないよ――かっとなるからな」 「警官にしたらどうですか」 「それにはうってつけだが、ただ、ああ落ちつきがなくてはねえ。実をいうと、自分じゃ、私立探偵社を始めたいと考えているらしいがね」警視はにやりとした。「たぶんお前の、ろくでもない探偵小説でも呼んだのだろう」 「その若者は面白そうですね」クイーン氏はさっそく言った。「会ってみようじゃありませんか」 さて、当のランメル君は、センター・ストリートを西へ二丁ほど行ったところにあるルイズ・グリルで、コーンビーフのサンドイッチをぱくついているところだった。 「これはこれは、ボー」警視が声をかけた。 「やあ、おじさん。事件の方はどうですか」 「絶え間なしだ。ところでボー、うちの倅(せがれ)のエラリーを紹介しよう」 「やあ、これはボー君」とクイーン氏が挨拶した。 青年はサンドイッチを下に置いて、蚤(のみ)を掻(か)く犬のような疑い深い眼つきで、クイーン氏の顔、とくに眼と口元を素早くさぐった。だが、その落ちついた、やさしい表情には、自分を笑い草にしているようすは露(つゆ)ほどもないとわかると、ボーは喧嘩(けんか)の名残りの傷だらけの手をエラリーにさしのべて、それから大声で酒を注文した。しばらくすると、警視は、こんもりした口ひげの奥に微笑を忍ばせて――気をきかして――あとは倅(せがれ)にまかせて出て行った。 こうして二人の美しい友情ははじまった。 頼もしそうな肩をくしゃくしゃの服に包み、眼に皮肉たっぷりな光をたたえた、鼻っ柱の強そうなこの青年に、クイーン氏はぐいぐい引きつけられてしまった。 あとで、《エラリー・クイーン秘密探偵社》が誕生したとき、クイーン氏は、いったい、どうしてこういうことになったのか、われながら、よくわからなかった。ルイズ・グリルでの二人の話は、腐りきった世の中のさまとか、人間同志の非人間的なあり方とか、ボーの抱いているさまざまな個人的野心のことだったが、そのうちまるで魔法にかかったように、二人はとつぜん、ひと仕事はじめる相談をしていた。 クイーン氏は、いつのまにか、ランメル君と協同で探偵社を開こうとしているのに気がついて驚いた。
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