「フィガロの結婚」

ボーマルシェ/辰野隆訳

ドットブック版 147KB/テキストファイル 105KB

400円

アルマヴィヴァ伯爵は結婚生活に飽き、妻の侍女シュザンヌを誘惑しようとする。シュザンヌは下僕フィガロと相思相愛で、まもなく結婚式をあげようとしているのに……。フィガロはあふれる機知と勇気と行動で、伯爵を徹底的にやっつける。当時の世相、なかでも貴族階級の横暴があばかれ、諷刺のきいた、歯切れのいいやりとりの戯曲になっている。モーツァルトのオペラの原作でもある。訳者の辰野隆は、この翻訳によって毎日出版文化賞を受賞した。

カロン・ド・ボーマルシェ(1732〜99) パリの時計屋に生まれ、王室時計師、音楽師、宮廷人、官吏、事業家、劇作家、出版屋と、多種多様の仕事を手がけ、波瀾万丈の生涯をおくった。アメリカ独立戦争ではフランス政府を動かして独立軍を支援、フランス革命では国外亡命して各地を流浪した。今日ではもっぱら「フィガロの結婚」と「セビリャの理髪師」の2つの名作を書いた劇作家として知られる。

立ち読みフロア
第一幕

〔舞台は半ば家具をならべた部屋、中央には大きな安楽椅子。フィガロは手にトアアズ(約二メートルの棒)を持って床(ゆか)の広さを計っている。シュザンヌは姿鏡(すがたみ)の前で、花嫁帽子と呼ばれる小さな花束を頭にさしている〕

第一場

〔フイガロ、シュザンヌ〕
【フィガロ】 二十六歩(ぽ)に十九歩(ほ)と。
【シュザンヌ】 ちょいとフィガロ、これがわたしの花かんざしだよ。こういう風にすると引き立つだろう?
【フィガロ】 〔シュザンヌの両手をとって〕無類だ、かわいいやつめ。まったくなあ! その清浄無垢な綺麗な花束がかわいい女の頭にさされりゃあ、それも祝言の朝だ、相手の男のとろけそうな目から見ればいいともなんとも……!
【シュザンヌ】 〔退いて〕何の寸法をとってるんだい、この人は?
【フィガロ】 おれはね、シュザンヌ、伯爵様から拝領の結構な寝台(ねだい)が、この部屋にうまくうつるかどうか、眺めてるんだ。
【シュザンヌ】 このお部屋にかい?
【フィガロ】 この部屋をおれたちに下さるのだ。
【シュザンヌ】 ところが、あたしゃいやだね。
【フィガロ】 なぜだい?
【シュザンヌ】 いやなんだよ。
【フィガロ】 なにかわけが?
【シュザンヌ】 お部屋が気に入らないんだよ。
【フィガロ】 わけを言うものだ。
【シュザンヌ】 それが言いたくなかったら?
【フィガロ】 それがさ! お互いに気をゆるした仲じゃねえか!
【シュザンヌ】 ごもっともだという事をはっきりさせるとごもっともでなくなるんだよ。わたしの言う事をきくのかい、きかないのかい?
【フィガロ】 お邸(やしき)中で一番便利な、それもふたつのお部屋の真ん中にある部屋がしゃくの種なんだな。夜になって奥方が御気分でも悪ければ、そちらで呼鈴(よびりん)をお鳴らしになる。そら来た、一二(ひいふう)と二(ふた)またぎで、お前は奥方のお部屋に伺候(しこう)する。殿様が何か御用がおありになれば、御自分のをお鳴らしになる。がちゃりと扉(と)をあけて、ぴょんぴょんぴょんと三度飛んでおれも御前(ごぜん)にまかり出る。
【シュザンヌ】 結構だがね! それにしても、殿様が、朝、曰(いわ)くつきの長い御用事で呼鈴をお鳴らしになる。そら来た、二またぎで、もう私の部屋の戸口だよ。がちゃりと扉(と)があくと、ぴょん、ぴょん、ぴょんと三度お飛びになって……
【フィガロ】 その言葉にわけがあるのか?
【シュザンヌ】 まあ落ちついておききよ。
【フィガロ】 どうしたんだ、いったい? 驚いたな!
【シュザンヌ】 ねえ、こういう話なんだよ。アルマヴィヴァ伯爵様はね、この近辺の別嬪(べっぴん)さんにおからかいになるのにもお飽きになって、お邸(やしき)にお帰りになりたいんだが、それが奥方のところではなく、目をおつけになったのがお前の許嫁(いいなずけ)なんだよ、わかったかい、そのお眼でごらんになると、このお部屋がおあつらえ向きなのさ。ところで、あの忠義だてをするバジル、殿様の御道楽ならなんでもお先棒をかつぐバジル、わたしの唱歌(うた)の先生様のバジルめが毎日毎日、唱歌(うた)の稽古にかこつけて、そのことをくりかえすのさ。
【フィガロ】 バジルが! 畜生め、生木(なまき)で背骨を叩きのめして、あの野郎の背筋をうまい具合に直せたらなあ……
【シュザンヌ】 お前も、人がいいね、下しおかれるこのお部屋はお前の手柄のためだと思っていたのかい?
【フィガロ】 そう思ってもいいだけの仕事はしたからな。
【シュザンヌ】 りこうな男も馬鹿な者だね!
【フィガロ】 世間じゃそんな事を言うなあ。
【シュザンヌ】 口じゃあ言っても本気にゃなれまい。
【フィガロ】 痛(い)てえところだ。
【シュザンヌ】 殿様はこの下されもので、内々わたしに水入らずで十五分ばかり御用をおさせになるおつもりなのだよ。例の古めかしい初夜のみつぎっていうものさ、わかったかい……知ってのとおり、いけ好かないひとだからね!

……冒頭より

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