「ドストエフスキー後期短編集」

ドストエフスキー/米川正夫訳

ドットブック版 320KB/テキストファイル 122KB

500円

マイナスをすべて集めればプラスに転化しうる──思索に思索を重ねた末に辿りついた、ドストエフスキー後年の逆説の世界観がちりばめられた後期傑作──「おとなしい女」「ボボーク」「百姓マレイ」など8短編を収めた。

フョードル・ドストエフスキー(1821〜81)モスクワのマリインスカヤ貧民病院の官舎で生まれる。17歳で陸軍工科学校に入学し、ホフマン、バルザック、ユゴー、ゲーテを耽読。24歳のとき発表した『貧しき人々』で一躍人気作家となった。しかし、1849年、出版の自由、農奴解放、裁判制度の改革について発言し、5年のあいだ投獄される。以後、海外生活を送りながら『罪と罰』『白痴』『悪霊』 『未成年』『カラマーゾフの兄弟』などの傑作を世に送り出した。81年、肺動脈出血により60歳の生涯を閉じた。

立ち読みフロア
 その朝、わたしは大へん遅くなりました。――この間ある婦人がわたしにこんな話をした。――で、家を出たのは、もうかれこれ午(ひる)ごろでした。しかも、その時にかぎって、まるでわざと狙ったように、用事がたくさんたまっていました。ちょうどニコラエフスカヤ通りで、ふたところ寄らねばならないところがありました。が、その二軒はあまり離れてはいませんでした。まず初めに事務所へ寄りましたが、ちょうど門のすぐそばで、そのお婆さんに出会ったのです。腰が弓のように曲がって、手に杖を持ったお婆さんで、ずいぶんひどい年寄りに見えましたけれど、でもほんとうの年は想像がつきませんでした。お婆さんは門のところまでたどり着くと、その片隅においてある屋敷番のベンチに腰をおろして、息を休めました。けれども、わたしはさっさとそのそばを通り過ぎてしまったので、お姿さんの姿はただちらと目をかすめたばかりでした。
 十分ばかりたって、わたしは事務所を出て、すぐ三軒先の店へ寄りました。そこには、もう先週からソーニャの靴が誂(あつら)えてあったので、わたしはついでにそれをとって行こうと思ったのですが、ふと見ると、例のお婆さんがもうちゃんとこの家のそばへ来て、また門際(もんぎわ)のベンチに腰をおろしながら、じっとわたしを見ているではありませんか。わたしはにっこり笑いかけると、そのまま店へ入って、靴を受けとりました。その間、まあ、三分か四分たったでしょう、――それから、ネーフスキイ通りへ出かけましたが、まあ、どうでしょう、――例のお婆さんはもうちゃんと、次の家のそばへ来ているではありませんか。やはり門のそばなんですが、今度はベンチでなしに、壁からちょっと突き出た石の上に、尻をおちつけていました。この門内にベンチがなかったのです。わたしはとつぜん、思わずその前に立ちどまりました。いったいこの女はなんだって、行くさきざきの家のそばにすわってるのだろう、とこう考えたわけなのです。
 ――疲れたの、お婆さん?――とわたしはききました。
 ――疲れますよ、奥様、すぐに疲れてしまいます。今日は暖かくて、お陽様(ひさま)がぽかぽか照っていらっしゃるから、ひとつ孫たちのところへ出かけて、ご馳走になろうかと思いましてね。
 ――それじゃ、お婆さん、お前さんはご馳走をよばれに行くところなの?
 ――ご馳走をよばれるんでございますよ、奥様、ご馳走を。
 ――だけど、お前さん、そんなふうじゃ、とても向こうまで行き着けやしなくってよ。
 ――なあに、行き着けますよ、しばらく歩いちゃ一休みしましてね、それからまた腰を持ちあげて、歩きだしますんで。
 わたしはじっと相手を見つめているうちに、激しい好奇心が起こってきました。それは小柄な、小ざっぱりしたお婆さんで、古ぼけた着物を着て、手に杖を持っていました。きっと町人階級の女なのでしょう。青黄色い顔は骨に乾きついたようですし、唇はまるで血の気がなくって、ちょうどミイラかなんぞのようでしたが、じっとすわったまま、にこにこ笑っているのです。太陽はこのお婆さんを、まともに照らしていました。
 ――ねえ、お婆さん、お前さんはきっと、ずいぶん年寄りなんだろうね?――とわたしはむろん、冗談半分でこうききました。
 ――百四つでございますよ、奥様、百と四つなんでございますよ、やっとね(これは老婆がちょっと洒落(しゃれ)たわけなのです)……ところで、奥様はどちらへお出かけでございますかね? こういって、わたしを見ながら笑っているのです。話し相手を見つけたのが、うれしかったのかもしれません。ただ百歳の老婆がこんなことに心を使うのが、不思議なようにも思われました。わたしがどこへ行こうと、そんなことがこの老婆になんの必要があるのでしょう。
 ――なにね、お婆さん、――とわたしは笑いました。――いま店で嬢やの靴をとって来たので、これから家へ持って帰るところなの。
 ――まあ、なんという小さな靴だろう。おおかた、ちっちゃなお嬢さまでございましょうね? ほんとうにけっこうでございますねえ。ほかにまだお子さんがおありですかね?
 まだやはり笑いつづけながら、わたしの顔を見ていました。もうほとんど死んだような鈍い目なのですが、その中からなにかしら温かい光が流れ出すようなあんばいでした。
 ――お婆さん、なんなら、わたし五コペイカ玉をあげようか、パンでも買ってちょうだい。
 こういいながら、わたしはその五コペイカ玉をさし出しました。
 ――なんだって五コペイカ玉をくださるんです? なに、まあ、いただきますよ、ありがとうございます。
 ――さあ、ほら、お姿さん、怒らないでちょうだい。
 お婆さんは受けとりました。見たところ、物乞いなどしているふうはありません、それほど困ってもいない様子でしたが、お婆さんは快くわたしの贈物をとってくれました。けれど、それは決して施(ほどこ)しものをもらうというようなふうではなく、礼儀のためといおうか、それとも善良な心持ちのためといおうか、まあ、そんなような具合でした。もっとも、ひょっとしたら、お姿さんはこれが大へん気に入ったのかもしれません。なぜってふだんだれ一人こんなお婆さんに話しかけるものもないのに、とつぜんいろんな言葉をかけるばかりか、まだそのうえに愛情をこめて、自分の身の上を心配してくれるものが出て来たのですもの。
 ――じゃ、さようなら、お婆さん、――とわたしはいいました。――無事に行ってらっしゃい。
 ――まいりますとも、奥様、まいりますとも、ちゃんと向こうまで行き着いてお目にかけますよ。では、奥様もお孫さんのとこへ、早く帰っておあげなさいまし。――わたしを家で待っているのは娘だということを忘れて、お婆さんはこんなことをいいだしました。おおかた、だれでも孫を持っているような気がしたのでしょう。
 やがて、わたしは歩きだしました。最後にもう一度ふり返って見ると、お婆さんはさも骨が折れるというように、そろそろと身を起こして、杖をとんと地に突くと、やがてとぼとぼ通りをたどりはじめました。たぶん自分の孫たちのところへたどり着いて、「ご馳走になる」まで、道々まだ十ぺんぐらいすわって休むことでしょう。それに、いったいどこへご馳走を食べに行くのだろう? ほんとうに奇妙なお婆さん。

……「百歳の老婆」冒頭より


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