目次
◆ダアシェンカ
◆子犬の撮り方
◆ダアシェンカへのおとぎ話
1 しっぽのお話
2 テリヤが地面を掘っくり返すわけ
3 ふおっくす《ヽヽヽヽヽ》のこと
4 アリクについて
5 ドーベルマンについて
6 ボルゾイとそのほかの犬について
7 犬の習慣について
8 人間について
◆ダアシェンカ アルバム
――撮影 カレル・チャペック
第一章
はじめて生まれてきたとき、それは手のひらににぎれるほどの、ただほんの小さな、白いかたまりにすぎませんでした。けれど、ちっぽけな、まっくろの耳が二つと、かわいいしっぽがついていたので、やっとこさっとこ、子犬とわかったのでした。
それにどうしても、女の子であってほしいと思っていたので、ダアシェンカ〔チェコ女性の名前〕という名前がつけられました。
この白い小さなかたまりには、二本、なんとかそう思えば、やっと足と思えるようなものがついていました。たしかにそれは足でした。なんの役にたたなくっても、ちいちゃな足だったのです。でも、まだその足で立つことはできませんでした。あんまりよわく、ぐにゃぐにゃでしたから、歩くなんて思いもよらなかったのです。
ダアシェンカが、ほんとうに、歩こうとするばあいには(じっさいには、もちろん、歩けなかったのです。ただ、うでまくり――いや、もっと正確にいうと、足まくりすることさえできなかったのです。手のひらにつばをかけようとしても、それさえできませんでした。第一、まだ、つばをはくこともできませんでしたし、第二に、たとえつばをかけようとしても、その前足はあんまり小さすぎて、うまく当たらなかったでしょう)――つまり、ダアシェンカは、じょうずに歩こうとしてママのあと足のところから、前足のところまで、やっとたどりつくのに半日もかかってしまったのです。
そのとちゅうで、かの女は三度、食事をし、二度、眠りました。ねることと、食べることは、かの女が生まれたときから知っていましたので、教えないですんだのです。そればかりを、かの女はほんとにいっしょうけんめい――朝からばんまで――していたのです。また、ぼくはこうも考えているのです。だれもかの女をみていない夜にだって、お昼とおなじように、ぐっすり眠っていたんだなあと。かの女はまめな子犬だったのです。
そのほかにも、ダアシェンカは、吠えることだって知っていました。だけど、ぼくは、どうやって犬が吠えてるかそんな絵はかけませんし、やってみせることもできません。ぼくの声は、あんなかぼそいものではありませんから。
また、ダアシェンカは生まれおちたときから、お母さんのおっぱいを吸っているあいだ、ずっと口をぴしゃぴしゃなめることだってできました。だけど、そのほかのことといったら、なんにもできなかったのです。
このように、ダアシェンカはそれほどたくさんのことはできませんでしたが、でも、かの女のお母さん(お母さんはイリスという名の、ワイヤーヘアード・フォックステリヤでした)には、それだけでたくさんでした。それこそ、一日じゅう、ママはかわいいダアシェンカをあやして、なにごとか話したり、ささやいたり、かぎまわったり、キスしたり、だきしめたり、みつめたり、じぶんの綿のような、小柄なからだをまくらにしてあげたりしました。そら、そら、そこで、かわいいダアシェンカが、眠っていますよ!
みなさんのごらんになったように、それはもう、お母さんの愛情というべきものでした。人間のお母さんのばあいだって、まるっきり同じことだっていうのは、もちろん、ごぞんじですね。
でも一つだけ、ちがうことがあります。
人間のお母さんは、なにをし、なぜするかをよく、知っています。ところが、犬のお母さんはそんなことは知らないで、ただ感じとるだけです――お母さんに対して自然はみんなヒントをあたえます。
「ほら、イリス――お母さんに自然の声は命じるのです――お気をつけ! おまえの子どもが目がみえず、ちっぽけで、じぶんでじぶんをまもったり、かくれたり、助けをよんだりできないあいだは、ちょっとだってはなれちゃいけないって、わたしはいっておくよ! あかんぼうをまもってやって、じぶんのからだでかばうんだよ。そしてもし、へんなやつらがちかよってきたら、ウ・ウ・ウっていってやって、そいつにとびついてやるんだよ!」
イリスは、こうしたことをすっかり、こまかいところまでまもっていました。かわいいダアシェンカに、あやしげな弁護士がちかよっていったときに、いきなりとびかかっていき、弁護士のズボンをひきさいてしまいました。また、ある作家(それは童話作家のヨゼフ・コプタでした)が、近よっていったときにも、やはりとびかかっていってその足にかみつきました。
また、ある女のひとも服をすっかりひきさかれました。イリスはそのうえ、郵便屋さんだの、煙突そうじ屋さんだの、電気屋さんだの、ガス屋さんだのといった、お役人さんたちにも、もうれつな攻撃をくわえました。そればかりか、おおぜいのえらいお役人たちもおどかしました。またひとりの議員さんにもくいつきました。おまわりさんにだって、けんかをふっかけました。こうやって、生まれつきの用心ぶかさと猛烈さとで、あらゆる世のなかの敵や、わるい毒や、にくしみから子犬をまもったのです。
こういう母親犬というものには、すこしもひまがないものです。なにしろ、人間は、あんまり数が多すぎますし、いちいち、くいついているわけにもゆきませんから。
ダアシェンカが生まれて十日目のお祝いをしたその日、かの女は、はじめての大事件にでくわしました。朝おきてみますと目がみえるので、びっくりしてしまったのです――とはいってもまだ、片方の目でしたが、それでも、大きな進歩でした。それでダアシェンカはあまりびっくりしてしまったので、クンクンなきました。

……「第一章」より
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