「カラマーゾフの兄弟(1・2・3)」

ドストエフスキー/北垣信行訳

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フョードル・カラマーゾフは金と女にしか興味のないような悪魔的な男だったが、彼には3人の息子と1人の私生児があった。長男ドミートリイは27歳の退役士官で、婚約をむすんだ娘がありながら、妖婦グルーシェンカに恋慕して父親の恋敵になる。次男のイワンは合理主義者、無神論者である。三男のアリョーシャは幼いときから僧院に入って修業し、キリストの愛によって肉親を和解させようとする。私生児のスメルジャコーフは癲癇の発作もちで、悪がしこく、自分の出生に恨みを抱いて生きている。入り組んだ愛憎のもつれのなかで、フョードルが何者かによって殺害される。あらゆる証言からみて状況はドミートリイにとって不利なことばかりで、結局彼は起訴され裁判にかけられる……人間の獣性と神性をみごとに描きつくした大作。

フョードル・ドストエフスキー(1821〜81)モスクワのマリインスカヤ貧民病院の官舎で生まれる。17歳で陸軍工科学校に入学し、ホフマン、バルザック、ユゴー、ゲーテを耽読。24歳のとき発表した『貧しき人々』で一躍人気作家となった。しかし、1849年、出版の自由、農奴解放、裁判制度の改革について発言し、5年のあいだ投獄される。以後、海外生活を送りながら『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』などの傑作を世に送り出した。81年、肺動脈出血により60歳の生涯を閉じた。

立ち読みフロア

 アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフはわれわれの郡の地主フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフの三男であるが、この父親のフョードルはいまからちょうど十三年前に悲劇的な変死をとげたことで当時〔どころか、いまでもわれわれの郡内では思い出話の種になっているが〕なかなか有名な男だった。この事件についてはいずれ適当な所で語ることにして、いまはさしあたり、この「地主」〔われわれの郡の者は彼をそう呼んでいたが、彼は一生涯ほとんど自分の持ち村で暮らしたことはなかった〕については、風変わりなタイプ、とはいってもよく見かけるタイプ、つまりやくざで淫蕩《いんとう》なばかりでなく、同時にわからずやだが、そのくせおなじわからずやでも、自分の財産上のこまごました仕事なら立派にやってのけられる、そしてそれだけの能しかないように見えるタイプの男だったとだけ言っておこう。
 たとえば、このフョードルはほとんど裸一貫から身をおこして、地主とはいってもごくちっぽけな地主だったので、あちこち走りまわってよその食事にありついたり、折りあらば居候《いそうろう》に転がりこんだりすることばかり考えていたのに、いざ死んでみると、現なまで十万ルーブリからの金をのこしていたことがわかった。それでいながら彼は結局、一生涯を郡内きっての気ちがいじみたわからずやのひとりとして終始したのである。もう一度言っておくが、この点では間抜けたところはなかった。こうした気ちがいじみた人間はたいてい利口で抜け目がないものである、――つまりわけがわからないとは言っても、さらに一種特別な、わが国民独特のわけのわからなさなのである。
 彼は二度結婚して、三人の息子があった。――長男のドミートリイは先妻から生まれ、あとの二人のイワンとアレクセイはのち添いの子であった。フョードルの先妻は、やはりわれわれの郡の地主であるミウーソフという、相当の資産家で名門の士族の出だった。持参金つきで、しかも美人でその上、このごろこそわが国でもそれほどめずらしくはないが、はやくもひと昔前にもぼつぼつあらわれ始めていた、活発で頭のいい娘のひとりである彼女が、どうしてこんなつまらない、当時みなから「役立たず」といわれていた男のところへ嫁《かた》づくことになったのか、それについては余計な説明はしないことにする。私は、まだ過去の「ロマン主義」時代といわれた時代の娘で何年もある紳士に不可解な恋をささげたあげく、いつでもきわめて平穏無事にその男のもとに嫁入りできる身でありながら、結局、どうにも越えられない障害なるものを自分で勝手に考えだして、ある嵐の夜、絶壁のような高い岸からかなりふかい急流に身をなげて、完全に自殺をとげたが、それがなんと、ただシェイクスピアのオフェリアに似せたいばっかりに、自分の気まぐれからしたのであって、彼女がずいぶん前から目をつけて惚れこんでいたその絶壁がそれほどの絶景ではなくて、かわりに散文的な平坦な岸ででもあったら、おそらくそんな自殺などまったく起こらなかったくらいだったという事実を知っている。これはまぎれもない実話だが、しかしわがロシア人の生活には、ここ最近二、三世代のあいだに、こういう、あるいはこういったたぐいの事実がすくなからず起きたものと考えなければならない。
 おなじようにアデライーダ・イワーノヴナ・ミウーソフの行動も、疑いもなく、他国の思潮の影響であり、また思想にとらわれたためのいら立ちでもあった。彼女は、あるいは、女性の自主的力を発揮し、社会的制約に、自分の親戚や家族の専制に抵抗しようという気になったのかもしれないし、おせっかいな空想のおかげで、たとえつかの間にせよ、フョードルという男は、身分こそ居候にはちがいないが、それでも万般にわたって改善されようとする過渡期のこの上なく大胆不敵でこの上なく冷笑的な連中のひとりだと思いこんでしまったのかもしれない。その実、彼は腹黒い道化者以外の何者でもなかったのだが。
 そのうえ刺激的だったのは、事が駆け落ちで運ばれたことで、これにアデライーダは大いに魅了されてしまったのである。フョードルのほうは、その社会的地位から言っても、そのころそういう事件を待ちかまえていたようなものだった。なぜといって、どんな手段に訴えてでも、出世の道を切りひらきたくてたまらなかった矢先だったからである。立派な門閥の者にとり入って持参金をせしめるということは、はなはだもって魅惑的だったわけである。おたがいの愛情といったようなことになると、これは、嫁のほうにも、また彼のほうにも、アデライーダが大変な美人であったにもかかわらず、まったくなかったようである。したがって、女にちょっと色目をつかわれただけでも、どんな女であろうとたちまちそれにまつわりつこうとする、淫蕩この上もない男として一生をとおしたフョードルにとって、この事件は、おそらく、一生を通じて唯一の例外だったろう。とにかく、彼に情欲の面でなんら特別な感銘も与えなかった女はこの女だけだったのである。
 アデライーダは駆け落ちするとすぐに、自分は夫にたいして軽蔑以外なんにも感じていないことに気づいた。そんなわけで、結婚の結果が見る見るうちに露呈してきた。実家のほうではかなりはやばやとこの事件にあきらめをつけて、家出娘に持参金もわけてやったのに、夫婦のあいだにははやくもこの上ない乱脈な生活と、いつ果てるともないいざこざがはじまっていた。人の話によると、新妻はこの際フョードルとは比較にならないくらい上品かつ高尚なところを見せたのにたいして、フョードルは、いまでは人も知るところだが、そのとき、妻の手に二万五千ルーブリにものぼる金がはいるやいなやそれを一挙にぜんぶ巻きあげてしまい、そのためその何万もの金が彼女にとってそのとき以来まるで水に捨てたも同然になっていたということである。また、同様彼女の持参金のうちにはいっていた小さな村とかなり立派な家屋も、彼はなにやら適当な証書を行使して自分の名義に書きかえることに、長いこと全力をかたむけて努力をかさねた。彼は毎分毎秒恥知らずなゆすりや哀願で妻に、自分にたいする、いわゆる疑惑と嫌悪をよびおこしていたので、彼女は精も根もつきはてて、もうつきまとうのだけはやめさせたいという気持ちになっていたくらいで、それだけでまちがいなく手にはいるところだった。ところが、さいわいにも、アデライーダの実家が介入して、横領を阻止してしまった。
 夫婦のあいだにしょっちゅうつかみあいのけんかがおこなわれていたことはそれこそ周知の事実だが、言いつたえによれば、なぐったのはフョードルのほうではなくて、のぼせ症で、顔の浅黒い、癇性で、すばらしい体力にめぐまれたアデライーダのほうだったという。あげくのはてに、彼女は家を捨てて、三つになる息子のミーチャ〔ドミートリイの愛称〕をフョードルの手もとにのこしたまま、貧窮に餓死しかけていた神学校出の教師と駆け落ちしてしまった。
 フョードルはわが家でたちまちハーレム同然の暮らしと、飲めや歌えの乱痴気騒ぎをはじめ、その合い間合い間にほとんど全県内を馬車でまわって、だれかれかまわず、自分を捨てたアデライーダのことを涙ながらにこぼして歩き、しかも夫として口にするのも恥ずかしいような自分の結婚生活をこまごまと披露におよんだものである。ここで肝心なことは、恥をかかされた夫という滑稽《こっけい》な役割を人前で演じてみせ、自分が顔をつぶされた話を粉飾までほどこして詳細に描いてみせるのが、彼にはまるで愉快どころか、うれしくてたまらないように見えたことである。「いや、フョードルさん、あなたは、地位を得たことを思えば、そういう悲しいことはあったにしても、満足でしょう」などと皮肉屋は彼に言ったものである。それにつけ加えて多くの者は、あの男は道化者のよそおいを新たにして人前に出られるのがうれしいのだ、わざと一層滑稽に見せるために自分の滑稽な立場に気づいていないようなふりをしているのだなどと言っていた。
 が、しかしだれにもわからないことだが、ことによると、それは彼の天真らんまんなところだったのかもしれない。ついに彼は出奔した妻の行くえを突きとめることができた。あわれな妻は例の神学校出の男といっしょにペテルブルクへたどり着くと、そこで自由奔放な解放的生活にひたりはじめたのである。フョードルはさっそくあたふたとペテルブルクへ出かける支度をはじめた。が、なんのためかは、むろん、彼自身にもわかっていなかった。たしかに、そのとき彼は出かけたはずなのだが、いざ出かけようと腹をきめたあとですぐに、自分には、門出の景気づけに、あらためて野放図な、痛飲をこころみる至極当然な権利があると思った。ところが、ちょうどその矢先に妻の実家《さと》のほうへペテルブルクで彼女が死んだという知らせがとどいたのである。妻はどこかの屋根裏部屋で急死してしまったのだが、一説では死因はチフスだと言い、また一説では餓死らしいとも言われていた。フョードルが妻の情報に接したのは酔いしれていた最中《さなか》だったが、人の話では、通りを走り出して、喜びのあまり両手を天にむかってさしのべて、「いまこそ解き放たれぬ」とわめきだしたとも言うし、また別の人の話によると、小さな子供のように、泣きじゃくっていて、いつもはいやなやつだと思いながらも、このときばかりは見るもあわれなくらいだったという。それもこれも大いにありそうなことだ、つまり自分が自由の身になったことを喜ぶのと、解放してくれた妻を思って泣くのといっしょだったということも、大いにありそうなことである。たいていの場合、人間は、たとえ悪人であろうと、われわれが一般に思っているよりもはるかに無邪気で正直なものなのだ。われわれにしてもおなじことである。

……巻頭より

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