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「ビアス怪異譚(1・2)」 アンブローズ・ビアス/飯島淳秀訳 (1)ドットブック 137KB/テキストファイル 115KB (2)ドットブック 168KB/テキストファイル 117KB 各巻420円 |
| 平凡な日常のなかに時として忍び込む、異常で薄気味のわるい事件、超自然的な現象を、徹底して描いた特異な作家ビアス。そこに描かれる死と恐怖と超自然的な怪異は、いまなお人の心をおののかす。「ありえない話」「「幽霊さまざま」「兵士たち」「謎の失踪」などに分け、代表作42編をおくる。 アンブローズ・ビアス(1842〜1914?)
米国オハイオ州の田舎の生まれ。南北戦争に志願して出兵後、サンフランシスコに移ってジャーナリストとして活躍。その間、おもに死と恐怖をテーマに、皮肉と機知、諷刺にあふれた多くの短編小説を発表して有名になった。1913年にはパンチョ・ヴィラによる革命の渦中にメキシコを訪れ、そのまま消息を絶った。代表作に本書のほか、短編集「生のさなかに」、皮肉な定義で有名な「悪魔の辞典」がある。 |
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この物語は、主人公の死から始まる。サイラス・ディーマーは、一八六三年七月十六日に死んで、二日後に遺体は埋葬された。彼は村中の男、女、かなり大きくなった子供にいたるまで個人的によく知られていたので、葬式には、地方紙の記事にあったように「多数の会葬者があった」。その当時の土地のしきたりどおりに、棺は墓の脇で開けられ、友人、隣人の全会葬者が一列にならんで進み、死者の顔に最後の別れをつげた。それから、みんなの目の前で、サイラス・ディーマーは地下におさめられた。中にはいささか目を曇らしていた人々もあったが、しかし全般的には、この埋葬で儀礼を欠いていたとか、つぶさに見守る人目がなかったということはいえないだろう。サイラス・ディーマーはまちがいなく死んでいたし、彼が墓場から舞い戻ってきても当然だとされそうな儀式上の落ち度は、何ぴとも指摘できなかったろう。ところが、もし人の証言が多少とも有効であるとするなら(また事実たしかに、人の証言によって、かつてセイレム市内とその周辺に起こった魔女事件は終息を見た)、彼は舞い戻ってきたのである。 お話しするのを忘れたが、サイラス・ディーマーの死と埋葬は、ヒルブルックという小さな村でのことで、彼はこの村に三十一年間暮らしていた。彼は、合衆国(今は、いうまでもなく自由な国になっているが)の一部の地方では「小売商人《マーチャント》」と称されるものをやっていた。つまり、小売店を持っていて、その種の店で普通に売っているようなものの商いをしていたのである。知られている限りでは、彼の正直ぶりはいささかも疑われたことはなかったし、あらゆる人から高い尊敬を受けていた。どんなに口やかましい人が彼に文句をつけたとしても、余りに仕事に熱心すぎるということぐらいしかなかったろう。彼がそんな文句をつけられたことはなかった。もっとも、他の多くの同業者たちは、それほどまでに仕事熱心ぶりを示さなくても、こうも寛大には見られなかった。サイラスが仕事に打ちこんだといっても、それは大がい自分だけのことであった――おそらく、そこらに違いが出てくる因《もと》があったのかも知れない。 ディーマーが死んだ時、四分の一世紀以上も前に開店して以来、日曜日を除いて、彼が一日たりと店を休んだことがないのを、みんなは思い起こしたものだ。その長い間、彼の健康はいたって申し分なかったが、彼を帳場からふらふらおびき出そうとそそのかすものがあろうとなかろうと、いっさいそんなものの効力など彼の眼中にはなかった。こんな話もあった。いつだったか彼は、重要な訴訟事件で証人として、郡庁所在地に出頭を命じられていたのに、出頭しなかった。すると、したたか者の弁護士は、彼を「譴責に付すべし」という動議を出したが、裁判所としてはそのような申し出は「意外」なりと見なすと、いかめしく申し渡された。裁判官を驚かせるというのは、一般には弁護士としてはひき起こしたがらぬ感情であるから、その動議はあわてて撤回された。そして、もしディーマー氏が出廷していたら、かく言ったであろうというところで、相手側との合意が成立した――ところが、相手側は、その仮定上の証言の持つ有利な点を利用して、それを明らかに発議者に不利益なものにしてしまったのである。 要するに、サイラス・ディーマーはヒルブルックの絶対不動の真理であり、もし彼が空間を移動することがあれば、何か不吉な社会的悪か猛烈な災害がたちまち襲いかかることになるであろうというのが、この地方全体の感想になっていた。 ディーマー夫人と、二人の大きくなった娘たちは、店の二階を使っていたのに、サイラスは店の帳場のうしろにある簡易寝台でしか寝ないというのは、誰知らぬ者もなかった。そして、その寝台で、ある夜まったく偶然に、彼が死にそうになっているのが発見され、開店時間の直前に息を引きとった。もちろん何もいわずに死んでいったが、彼にはわかっていたらしく、これは彼を一番よく知っている人たちの考えだが、もし臨終が不幸にしていつもの開店時間よりおくれでもしたら、そのことでさぞや彼はなげいたことであろう、というのだ。 サイラス・ディーマーとは、こういう人物だったのだ――その生活、習慣において、かくも一定不変であったから、村の戯文家は(大学にもいったことのある人だが)いたく感じ入ってサイラスに「同所老人」の異名《いみょう》を奉ったほどだし、また、彼の死後、最初に出た地元新聞はいささかの悪意もなしに、サイラスは一日休業したと書いたほどだった。休業は一日だけではなかったが、記録によると、一か月とたたないうちに、ディーマー氏は死んでいる閑などないということを明らかにしたらしいのだ。 ヒルブルックのもっとも尊敬されている市民の一人は、銀行家のアルバン・クリードであった。彼は町でもっともりっぱな家に住んでおり、馬車も持っているし、いろんな点で尊敬すべき人物だった。彼は旅行の利点も一応は心得ていて、しばしばボストンへいったことがあるし、一度はニューヨークにもいったことがあると思われていた。もっとも、ご当人は謙虚にも、その輝やかしい栄誉を否定はしていたが。このことをここで引合いに出したのも別に他意はなく、いずれにしろそれがクリード氏にとっては名誉となるべき彼の真価を理解する一助にもなろうと思うからである――たとえ一時的であったにせよ、彼が首都の文化の接触にはげんだのなら、彼の知性に箔がつくというものだし、もし行っていなければ、彼のつつみかくしのない率直さこそ、まさに称讃に価するというものではないか。 ある快い夏の夜の十時ごろ、クリード氏は庭の門を入り、月光に皓々と照し出された砂利道を通り、りっぱなわが家の石段を上がって、ちょっと佇《たたず》んで玄関のドアに鍵をさしこんだ。ドアを押し開くと、妻と顔を合わせた。妻はちょうど居間から書斎へ行こうとして玄関を通りかかったところだった。彼女は快活にお帰りなさいと声をかけ、ドアをぐっとうしろへ引いて夫を入れようとした。ところが彼は入ろうとせず、うしろを向いて、敷居の前で足元を見まわし、驚きの叫び声を上げた。 「おやっ!――一体あの壷はどうなったんだ」 「どの壷なの、アルバン」と、妻は余り気のなさそうにたずねた。 「メープルシロップの壷だよ――店からずっと持ってきて、ドアを開けるために、ここにおいたんだよ。畜生、いったい――」 「まあ、まあ、アルバン。そんな悪態はつかないで下さいな」と、夫人はさえぎった。ついでながら申しそえておくと、多神教の名残りから、みだりに邪悪なものの名を口にすることを禁じているのは、キリスト教国の中で何もヒルブルックだけとは限らないのである。 ヒルブルックの第一級の市民が、メープルシロップの壷を店から持って帰ることができるというのも、おおらかな村の生活なればこそだが、その壷がないというわけだ。 「確かですの、あなた」 「お前、まさか男なんてものは、いつ壷を持っていたのか、それさえおぼえておらんとでもいうんじゃあるまいな。ディーマーの店の前を通ったんで、そのシロップを買ったんだよ。ディーマーが自分でシロップをくんで、壷は貸してくれたんだよ。それで、わたしは――」 その後の言葉は、こんにちにいたるまで、ついにいわれずじまいである。クリード氏はよろめきながら家の中に入り、居間に入ると、ひじかけ椅子に倒れこみ、手足をわななかせていた。彼は突然、サイラス・ディーマーが三週間前に死んだことを思い出したのだ。 ……第1巻「シロップの壷」の巻頭より |
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