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ギリシア喜劇
「アリストパネス傑作選2」 アリストパネス/高津春繁・呉茂一訳 630円 |
| アリストパネス(446年頃〜385年頃BC)は古代ギリシア、アテナイ出身の劇作家で、喜劇作家、風刺作家の代表として知られる。 ギリシア喜劇は彼の時代に最盛期をむかえ、彼の死とともに衰えた。生涯に44作の喜劇を書いたが、現存するのは「アカルナイの人々」「騎士」「雲」「蜂」「平和」「鳥」「女の平和」「女だけの祭」「蛙」「女の議会」「福の神」の11作である。どの作品においても、当時の実在の人物、ソクラテスやエウリピデスなどをはじめ、僭主や将軍などを取り上げ、奔放な想像力と構想力で時代を風刺するのがその特徴で、過激な笑いを提供した。この第2集には「女の平和」「女だけの祭」「蛙」の3編の代表作を収録してある。 | |
| 立ち読みフロア | |
| 〔アテナイ市の城山(アクロポリス)へ通ずる城門(プロピュライア)の前。明け方。若くて美しいアテナイの婦人リュシストラテ〕 【リュシストラテ】 〔独白〕ほんにお酒の神さまのお社に呼ばれたか、パン〔酒神の伴侶で、猥らな神〕か愛の女神のコリアスさまかゲネテュリス〔ともに愛の女神アプロディテの別名〕さまのお社にだったら、手太鼓の群れのため通行さえできないところなのにねえ。ところが今はたった一人の女の人さえここにいやしない。と思ったら、ほらあそこにご近所の女(ひと)がやって来たわ。 〔カロニケ、登場〕 カロニケさん、ご機嫌よう。 【カロニケ】 ご機嫌よう、リュシストラテさん。どうしたの、苦虫面はおよしなさいよ、ねえ。瞋恚(いかり)のまなじりなんてのはあんたには似合わないわよ。 【リュシストラテ】 だって、カロニケさん、あたしは胸のなかが煮えくりかえる、そしてわたしたち婦人のために心を痛めているのよ、だってね、男たちの考えではあたしたちは悪賢い悪党だってさ。 【カロニケ】 だってほんとうにそうよ。 【リュシストラテ】 それなのに、大切な用事で相談がありますから、ここにお集まりくださいって言っといたのに、眠っていて来やしない。 【カロニケ】 いいえ、来るわよ。女の人には外出はなかなかむつかしいのよ。ご主人の世話で時間がつぶれるし、召使を起こしたり、子供を寝かしつけたり、洗ってやったり、おまんまを食べさせたり。 【リュシストラテ】 だって、それよりもっともっと大事なことがあるんだもの。 【カロニケ】そりゃ何なのよ、リュシストラテさん、わたしたち女をあんたが呼び集めたその問題は? どういうことなの? 大物〔事件と男根の二重の意味に用いられている〕? 【リュシストラテ】 大きいわ。 【カロニケ】 そして太い? 【リュシストラテ】 ええ、たいした太さよ。 【カロニケ】 それじゃどうして来ないんだろうね? 【リュシストラテ】 そんなことじゃないのよ。そうだったらさっさと集って来ているわよ。そんなことじゃなくて、これはあたしが考え出した計画なの、幾晩も幾晩も眠りもやらずにあっちへ投げこっちへ投げして。 【カロニケ】 あっちへ投げこっちへ投げじゃ、何かちっちゃいものね。 【リュシストラテ】 そうよ、あまりちっちゃいんで、ギリシア全体の救済が女の人たちの肩にかかっているというわけなの。 【カロニケ】 女の人の肩にだって。心細い肩ね。 【リュシストラテ】 この国の運命があたしたちにかかっている、それからペロポネソスの人たち〔スパルタ人〕の存否。 【カロニケ】 なあに、それなら、いなくなったほうがいいわよ、ほんとうに。。 【リュシストラテ】 それからすべてのボイオティア〔アテナイの北西に隣接する国〕人も破滅に陥る。 【カロニケ】 みんなじゃ困るわ、鰻は〔ボイオティアの鰻は珍重された〕別口にしてくださいな。 【リュシストラテ】 だがアテナイに関しては、こんなことは言わないでおきましょう。だけどわたしの心のなかを察してください。女の人たち、ボイオティアやペロポネソスの方々、それにわたしたちがここに集ったら、みんないっしょになってギリシアを救うことができるでしょう。 【カロニケ】 だって女にどんな賢いすばらしいことができるというのよ。顔を塗り立て、サフラン色の着物〔黄色の下着または肌着〕を身につけ、飾り立てて、透きとおった薄い衣装に、派手な靴のあたしたちに。 【リュシストラテ】 それがすなわち救いの神だ、とあたしは思うのよ。サフラン色の着物に香料に派手な靴に紅(くれない)に透きとおった肌着が。 【カロニケ】 はてね、どうして? 【リュシストラテ】 今の世の男の人たちがお互いにむかって矛(ほこ)を取ることがないようになるでしょう。 【カロニケ】 それじゃあたしは、二柱の女神〔収穫の女神デメテルと、その娘で冥府の女王ペルセポネを指す。アテナイの女はこの二柱の女神にかけてつねに誓っていた〕さまに誓って、サフラン色に染めましょう。 【リュシストラテ】 そして楯を手にすることがなくなるでしょう。 【カロニケ】 あたしゃ薄い衣装を着ましょう。 【リュシストラテ】 剣も。 【カロニケ】 派手な靴を買いましょう。 【リュシストラテ】 だからさ、女連中がここに来るべきでしょう? ね? 【カロニケ】 それどころか、ゼウスさまにかけて、とっくの昔に飛んで来るべきだわよ。 【リュシストラテ】 だけれど、ねえ、あの連中がほんとうにアッティカ式〔ペリクレス以後のアッティカ式衆愚政治は、急場の間に合わず、しばしば時機を逃した〕だってことが今にわかるわよ。なんでもかんでも手おくればかり。浜区(パラリア)の女も一人も来てやしないし、サラミスからも。 【カロニケ】 なあに、あの連中は間違いなく朝早く伝馬(てんま)〔「乗馬、俊馬」または「小船の一種」の意味であって、これは一方においてはなはだ淫猥な意味を有する〕にのって海を渡っているわよ。 【リュシストラテ】 それから、いの一番にここに現われるだろうと思ってあてにしていたアカルナイの女の人たちも来やしない。 【カロニケ】 しかしテアゲネス〔アカルナイの人、非常に迷信深くて、外出のたびに、かならず自分の家の戸口にあるヘカテ女神にご託宣を求めたという〕の奥さんは、ここに来るつもりで、ヘカテさまの神棚に吉凶をお尋ねしましたとさ。 〔アナギュルス区のミュリネ、これにつづいてほかの女たち登場〕 だけど、ほら、誰かこっちへ来る、それからほら、また別に誰かやって来るわ。おおい、おおい、どこの人たちでしょうね。 【リュシストラテ】 アナギュルスの方よ。 【カロニケ】 ほんとに、じゃ、とにかくアナギュルスを動かしたというわけね。 【ミュリネ】 おそかった? リュシストラテさん。ねえ、どうなのよ、どうして黙っているのよ? 【リュシストラテ】 感心しないわね、ミュリネ、こんな重大事件に今ごろ来るなんて。 【ミュリネ】 まっくらななかでなかなか帯がみつからなかったのよ。だけど、火急の用なら、さあ、あたしたちここにいる者に話してよ。 【リュシストラテ】 いいえ、少しのあいだ待ちましょう。ボイオティアとペロポネソスの方たちが来るまで。 【ミュリネ】 そう、そのほうがいいわ。ほうら、あそこにラムピトがやって来るわ。 〔スパルタのラムピト、仲間の女たちとともに登場〕 【リュシストラテ】 まあ、ラコニアのラムピトさん、ようこそ、なんてあなたは美しくていらっしゃるんでしょうね、大好きな方。健康そのものの美しい肌、身体じゅうの筋肉がぷりぷりしているわ、牡牛だってしめ殺せそうね〔少女のころから男のように身体を鍛錬しているので名高かったスパルタの婦人に対する讃辞〕。 【ラムピト】 二柱の男神〔カストルとポリュデウケス〕さまにかけて、ほんとにそう、運動して、尻蹴り跳びをやるのよ。 【リュシストラテ】 まあ、見事なお乳をもっていらっしゃること! 【ラムピト】 まるで神さまにあげる獣みたいに私を撫でまわすのね。 【リュシストラテ】 ここにいらっしゃるも一人の若い方はどこの方? 【ラムピト】 二柱の男神さまにかけて、ボイオティアの女大使としてあなた方のところへ来た人です。 【リュシストラテ】 まあ、ほんとに美しいはらをもっておいでねえ、ボイオティアさん。 【カロニケ】 ほんとに! きれいに草〔陰毛〕が抜いて掃除してあるわ。 【リュシストラテ】 も一人の女(こ)は誰? 【ラムピト】 二柱の男神さまにかけて、よか女子よ、コリントスの方。 【リュシストラテ】 ほんとによか女子ね。間違いなしだわ、〔と指ざして〕ほら、ここのところが。 【ラムピト】 誰がいったいこの女の集りを召集したのですか? 【リュシストラテ】 それはわたし。 【ラムピト】 なんのためかわたしに話してくださいな。 【ミュリネ】 ほんとに、ねえあんた、いったいその大切なことってなんだか話してよ。 【リュシストラテ】 話すわ。だけど話す前にあなた方にちょっとしたことが聞きたいのよ。 【ミュリネ】 なんなりとお望みしだい。 【リュシストラテ】 戦争に出ていて留守の、あなた方の子供のお父さんを恋しいとは思いませんか。あなた方の旦那さまが外国に行っていらっしゃることをわたしはようく知ってますからね。 【カロニケ】 そうよ、うちの人は、なさけないったら、五ヶ月間トラキアに出かけて留守、それも番をしてんのよ、エウクラテスのね。 【ミュリネ】 わたしのはまる七ヶ月ピュロスに行ったきりよ。 【ラムピト】 わたしのは戦争から帰って来たと思うと、楯に紐をつけて、さっさとふっ飛んで行っちゃったわ。 【リュシストラテ】 そうよ、色男の影さえ残ってやしない。ミレトス〔小アジアのギリシア植民地イオニアの最大の都市。この市は、この劇の上演された前年、すなわち前四一二年の夏に、アテナイより離反してスパルタの味方となった〕人がわたしたちを裏切ってからというものは、八本指の長さの革袋〔張形〕さえお目にかかったことなしよ。もっとも頼りない嘘の皮のお助けだけれどね。だけど、もしこのわたしが方法を発見したら、あなた方はわたしを助けて、この戦争を終らせるのにひと肌ぬいでくれる? 【ミュリネ】 もちよ。わたしはやるわよ、たといこのマントを脱ぎ捨てて、今日ただいま……ぐっとのみほさなくっちゃならないとしてもね〔マントを脱ぎ捨てるというので、何か重大事、たとえば格闘するというようなことを言うかと思わせておいて、酒を飲むという、まったく見当はずれのことで結んで見物を笑わせる、喜劇の常套手段〕。 【カロニケ】 わたしはね、まるで鰈(かれい)のように身を二つに裂いて、半分を喜んで提供するわよ。 【ラムピト】 わたしはね、平和が見えるというのなら、タユゲトス〔スパルタの西方にそびえる峰〕の頂上にだって行くわよ。 【リュシストラテ】 話すわ、これはかくしておくべきではありませんからね。みなさん、わたしたちは、もし男たちに平和をどうしても結ばせようと思うなら、清浄に保たなくてはなりません。 【カロニケ】 何から? 言ってよ。 【リュシストラテ】 あなた方やる? 【カロニケ】 やりますってさ、たとえ死ななくっちゃならないったって。 【リュシストラテ】 それじゃ言いますよ、わたしたちは身を清浄に保たなくてはなりません、男から。おや、どうして顔をそむけるの? どこへ行くの? あんたたち、どうしてへの字口でいやいやしているの? どうして顔色が変ったの? どうして涙を流すの? やる、それともやらない? どうしようっていうのよ? ……「女の平和」の冒頭 |
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