「O嬢の物語」

ポーリーヌ・レアージュ/鈴木豊訳

ドットブック 247KB/テキストファイル 193KB

600円

O嬢は数限りない性的暴力にさらされ、くりかえし肉体を痛めつけられるうちに、男たちの奴隷たることをどこまでも受け入れ、「奴隷状態の幸福」をおぼえるようになり、そこにしびれるような聖性さえ感じる自分を発見する。1954年に出版され、一大センセーションを巻き起こした問題の書。作者ポーリーヌ・レアージュについては「女性に違いない」という推測以外には、今日までなにもわかっていない。
立ち読みフロア
 ある日、Oの恋人がOを散歩に連れ出した。今まで一度も二人が行ったことのない界隈(かいわい)、モンスーリ公園やモンソオ公園のあたりである。公園の中を歩き回ったり、芝生の縁(へり)に肩を並べて腰をおろしたりしてから、二人は、公園の隅の町角のところの、今までタクシー乗場などなかった場所に車があるのに気がついた。タクシーそっくりのメーターのついた車だった。
「乗れよ」
 と彼が言ったので、彼女は乗った。日暮れも遠くない、秋の日のことだった。
 彼女はいつもと同じような服装をしていた。ハイヒール、プリーツ・スカートと、とものテイラード・スーツ、絹のブラウスを着て帽子はかぶっていなかった。ただスーツの袖まで届く長い手袋をはめ、革のハンドバッグにはさまざまな書類やら、白粉(おしろい)や口紅が入っていた。
 男が運転手に一言も口をきかないのに、タクシーは静かにスタートした。ところが男は左右の窓やリヤー・ウィンドウに、上下にすべるシャッターを閉めてしまった。彼女は男が自分にキスをしたがっていると思い、自分でも男を愛撫(あいぶ)しようと思って、手袋を脱いだ。しかし男はこう言った。
「きみはよけいなものが多すぎるな、バッグをこちらへ渡せよ」
 バッグを渡すと、彼は彼女の手が届かないところへそれを置いて、こうつけ加えた。
「それに着ているものが多すぎるな。ガーターを外して、ストッキングを膝の上まで丸めろよ。さあ、ここに靴下止めがあるぜ」
 彼女はちょっと気がかりだった。タクシーはだいぶスピードをあげていたが、運転手がふり向きはしないかと心配していたのだ。ようやくストッキングを丸めると、コンビネーションの絹の下に触れる、なにもつけていない、むきだしの両脚の膚触(はだざわ)りに、なんとなく気づまりな思いを味わうのだった。すると外れたガーターも下へすべり落ちた。
「ガードルを外すんだ」と彼が言った。「パンティも脱げよ」
 それはしごく簡単だった。両手を腰のうしろへ回して、ちょっと体を浮かせるだけでじゅうぶんだった。彼は彼女の手からガードルとパンティを受け取り、バッグを開いて中へ押し込んでから言った。
「コンビネーションやスカートの上へ腰をおろさないようにしろよ。上へ持ち上げて、シートにじかに腰をおろすようにするんだ」
 シートはレザー張りで、すべすべして軟い感じだったが、レザーが腿にぴったりはりつく感触は、なにかゾッとするような気持だった。つぎに彼が言った。
「サア、手袋をはめろよ」
 タクシーは相変らず走り続けていた。彼女はなぜルネが身じろぎひとつしないのか、それ以上口をきかず黙りこくっているのか、そしてそれが自分にとってどんな意味をもつのかあえて訊ねるだけの勇気がなかった。それに、どこへ行くかもわからない黒い車の中で、こんなに服をむしり取られ、まるで生贄(いけにえ)に捧げられるような格好で、手袋だけぴっちりはめて、じっと口を噤(つぐ)んでいなければならないのか、その理由を訊ねる気にもならなかった。彼はなにひとつ彼女に命令しようとも、禁じようともしていないのに、彼女はあえて脚を組もうとも、両方の膝をしめ合せようともしなかった。彼女は体の両側に手袋をはめた左右の手を下げて、シートの上に突っぱっていた。

「着いたよ」
 とつぜん彼が言った。その言葉のとおりだった。タクシーは美しい並木路の、一本の木の下に停った――それはプラタナスの木だった――。フォーブール・サン=ジェルマンあたりにある小ぢんまりした邸宅のような、中庭と庭園のあいだにそれと見分けられる小邸宅の前である。街灯がちょっと離れていたので、車の中はいっそう薄暗く、そとには雨が降っていた。
「動くんじゃないよ」とルネが言った。「ぜったいに動いちゃあいけない」

……1 ロワッシイの恋人たち 冒頭より

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