「三人姉妹」

チェーホフ作/佐々木彰訳

ドットブック版 96KB/テキストファイル 68KB

400円

プローゾロフ家の三人姉妹、若くて、美しくて、才能のある三人(オーリガ、マーシャ、イリーナ)が、将軍の父の死後、田舎町の低俗な環境の中で、しだいに若さを失い、きりょうも衰え、才能もむだについえてゆく物語を軸に、働くことのなかに人生の意義のあることが強調されている。物情騒然たる二十世紀初頭のロシヤ社会の空気のなかに、作者チェーホフが身をもって感じた近づく革命を予測する言葉が登場人物の口を借りて語られる。一九〇一年にモスクワ芸術座で上演するために書かれた。

チェーホフ(1860〜1904)ロシアの作家。モスクワ大学医学部を卒業し、医師のかたわら、最初は多数のユーモア短編小説を書いたが、20代の後半から本格的な文学を志すようになった。中期の作品には、社会的問題を取り上げ、当時の反動政治のもとであえぐ知識階級の絶望と消極性と卑劣さをあばく作品が多い。肺結核とたたかいながら、ヤルタに転地し、晩年に至る後期の作品は、世紀末の停滞した空気の中で埋没していく人間への批判と、真の人生を見出そうとする人々がテーマとなっている。代表作に『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』の四大戯曲のほか、『六号室』『中二階のある家』『決闘』『可愛い女』『犬を連れた奥さん』などがある。44歳で亡くなった。

立ち読みフロア
◆第一幕
 プローゾロフ家。円柱のある客間、それらの円柱のうしろに大広間が見える。ま昼。戸外は日が当たっていて陽気である。広間では朝食の食卓を準備している。
 オーリガが女学校教師の青い制服をきて始終立ったまま、また歩きながら生徒のノートをなおしてやっている。マーシャは、黒い服を着、ひざの上に帽子をのせ、すわって本を読んでいる。イリーナは白い服を着て、考えにふけって立っている。
 
【オーリガ】 お父さまが亡くなったのはちょうど一年前のきょう、五月五日、あなたの名の日(自分の洗礼名と同名の聖者の祭日)なのね、イリーナ。ひどい寒さで、あの日は雪が降っていた。わたしは、不幸にとてもたえられないような気がしたし、あなたは気を失って、死んだように横たわっていた。でもこうして一年たってみると、あのときのことを気楽に思いだせるし、あなたはもう白い服を着て、顔もはればれとしている。(時計が十二時をうつ)あの時も時計がうったっけ。(間)覚えているわ、お棺(かん)が運ばれて行くとき、軍楽隊がマーチをやったのだの、墓地で弔銃を射ったのを。お父さまは将軍で、旅団長だったのに、会葬者はすくなかった。もっとも、あのときは雨だった。ひどい雨と雪!
【イリーナ】 なんだってそんなことを思いだすの!
 
 円柱のならんでいる向こう、広間のテーブルのあたりにトゥーゼンバッハ男爵、チェブトゥイキン、ソリョーヌイ登場。
 
【オーリガ】 きょうは暖かくて、窓をあけ放しておけるのに、白樺はまだ芽をふいていない。お父さまが旅団長になり、わたしたちをつれてモスクワを発ったのは十一年も前のことなのに、わたしははっきりと覚えている。五月の初め、ちょうど今ごろのモスクワはもうすっかり花が咲き、ぽかぽかして、日ざしがあふれていた。十一年もたったのに、モスクワのことならなんでも覚えているの、きのう発ってきたみたいに。まあ、どうでしょう! けさ目をさまして、いっぱいにあふれている光を見たら、春のきたのを見たら、うれしさが胸のなかにこみあげてきて、生まれ故郷へ帰りたくてたまらなくなったの。
【チェブトゥイキン】 ばかばかしい!
【トゥーゼンバッハ】 もちろん、くだらんことです。
【マーシャ】 (本の上で考えこみ、そっと歌を口笛で吹く)
【オーリガ】 口笛やめて、マーシャ。みっともないわ。(間)わたしは毎日学校に行くし、それから夕方まで授業をするもんだから、しょっちゅう頭痛はするし、ものの考え方までがすっかり婆さんじみてしまったみたいだわ。実際、この四年間、学校に勤めだしてから、毎日のようになん滴かずつ、力も若さも身内からぬけていくような気がする。大きく強くなっていくのは空想だけ……
【イリーナ】 モスクワヘ行くという空想ね。家を売って、この土地と手を切って、モスクワヘ……
【オーリガ】 そうよ! 早くモスクワヘ。

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